東京の地霊(ゲニウス・ロキ)-鈴木博之⁻を読む
鈴木博之の名前はあちこちでお目にかかったが、本としては初めて。もっと早くに読むべきであった。
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1990年に単行本として刊行され、1998年・文春文庫版化された。解説は藤森照信、次いで2009年・ちくま学芸文庫版解説は石山修武による。芸達者なご両人がそれぞれ生き生きと鈴木を語る。藤森は・・・「明るく高く晴れた知性の空間に湿りを帯びて重い空間がにわかに吹き込み始めたような印象。・・・そしてこの本が刊行されたのだった。」と語る。(でも本心を言えば、本場もんは自分だからね。)

石山曰、鈴木のいう通り、東京は地霊に満ちているのである。この書物は都市という総合体を眺める歴史の股眼鏡のようなものだ。・・・「ミースの設計したシーグラムビルは、ニューヨークの地霊がなした表現である。」という論を間に李祖原(中国人建築家)との緊迫したやりとり。そして墓地らしきものに異常な関心を寄せているという。

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自らの記憶をたどっても、恵比寿・代官山・渋谷のあたり、茗荷谷・護国寺のあたり、目黒・深沢のあたり、すべて起伏が多く坂道だらけ、土地固有の密度が漂っていた。建物よりも土地の起伏の印象がまさる。上野も、根岸も赤坂も・青山も・六本木も。地下鉄に乗ると高低差がマヒして本能がデジタル空間に宙ぶらりんになる。

飯田喜四郎先生のあと犬山市明治村の館長を引き受けられ、間もなく2014年に亡くなる。惜しい方であった。建築そのものが保存しにくい我が国にあって、歴史を伝えるとはどういうことか、活かすとはどういう事か、考えるべき時だと思う。2020年に向けて開発の進む今特に。ミースへの鋭い考察をみるにつけ、墓地への考察を読みたかった。あの世での座り方は虚空ではなく、かえって地面に近いのではないか。

なお、この本は森口保さんの残された蔵書の一冊。本のそれぞれに書評の切り抜きが挟まれていて、当時の鈴木さんの写真も若い。人と時間の重ね合わせを見る。(礼)

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# by trmt-ken | 2019-01-03 17:17 | 読書日記 | Comments(0)