カテゴリ:現代建築の現在( 25 )
土なモダニズム・新しい地域主義(モダニズム建築の現在-9)
土な建築・土なモダニズムについて考えているなかで、建築批評家、K・フランプトンの「批判的地域主義(Critical Regionalism)」という1980年代の論考があることを知りました。建築における無批判なグローバリズムに対抗し、地域に密着したバナキュラー建築とモダンな近代建築を節合しようとする論・・・と理解されています。
「場所に根ざした建築であること」、「風土性を最大限に生かした建築であること」などを主張し、普遍性と地域性を同時に実現することを求める論考です。

■北欧の建築
K.フランプトンは、ヨーン・ウッツオンのバウスヴェア教会やアルヴァ・アールトの セイナッツァロの村役場など北欧の建築をその好例として挙げています。このほか北欧には、森の火葬場やストックホルム市立図書館を設計したグンナーアスプルンドなど尊敬すべき建築家がいますが、これら北欧の建築には共通する「静けさと奥行きの深さ」が感じられます。
1980年ごろと言えば、日本では1983年にポストモダニズム建築の代表的な筑波センタービル(磯崎新)が竣工しています。私は事務所を始めたばかりで、渋谷にいながら隠岐の仕事をやっていた頃です。まさに、「隠岐の建築でモダニズムをどう考えるか」と思案し始めたころでしたが、フランプトンの論考は気が付きませんでした。
f0202518_123477.jpg
バウスベア教会
f0202518_12355699.jpg
セナッツアロの村役場
f0202518_12364487.jpg
森の火葬場

■ワンシュウ(王澍)さんのモダニズム批判
一昨年、秋の連休を利用して中国旅行に行ってきました。杭州と寧波にあるワンシュウ(王澍)さん設計の建築を訪ねる旅に、松江や出雲の設計事務所の若い人たちの中に混じって行きました。写真は寧波歴史博物館の外壁ですが、RC壁の上に煉瓦や瓦などが張り付けてあります。なんでも古い民家に使われていたものの再利用で、工事を行なったのはその村に住んでいる農民だそうです。冷たくて退屈なモダニズム建築へのワンシュウさんからのメッセージです。
○素材にこだわり、伝統的文化をデザインし直す
○アマチュア性を評価する
○モダニズム建築のセオリーへの懐疑
ワンシュウさんは、近年のモダニズム建築の属性とかセオリーとかに対して懐疑を抱いて、「別の価値観をモダニズム建築で表現する」ということを意識的にひとつずつ吟味しています。「整然としていてスマートでこぎれい、垂直と水平や流線型、メンテナンスフリーのアルミ製品やガラスの多用、専門家性や玄人好み・・・」などのモダニズム建築に対し、慎重に対案を出しています。杭州地方の歴史的な材料や工法を現代的に再構成しながら、「こぎれいではなく、どちらかと言えば無骨、カッコよさや流線型は避ける、立面や断面に斜め線を導入、大きなガラス面は控え、壁の中に小さめの窓をあける、畑や荒石など田舎風のランドスケープデザイン・・・などの工夫が読み取られ、とても面白い旅でした。
友人に報告したところ、「それは吉阪隆正に通じるネ」という感想でした。
f0202518_12381721.jpg
寧波歴史博物館
f0202518_12395016.jpg
ヴィラ・クウクウ

■藤森さんの野蛮ギャルド 
赤派の大将・土の藤森さんの野蛮ギャルドを「土なモダニズム、新しい地域主義」にくくるかどうかは悩ましいところです。ご本人の「私のやり方は、大まかに言うと記念碑的な建築や歴史的な様式が成立する以前の民家の味に近い。民家は現在、国や地域ごとに独特の形をとっているが、私の求める味はそうした各国各地域のどれかではなく、どの民家にも共通の味があるはずで、それを引き出したい・・・」という「インターナショナルバナキュラー」の席に座っていただくことにしました。
f0202518_12404413.jpg
高過庵
f0202518_1242401.jpg
神長官守矢資料館

■建築の普遍性(ユニヴァーサリティ)と地域性(ローカリティ)  
以前から、モダニズム建築の「世界共通様式」にはどこか馴染めないところがありました。一方、地域性に着目した「松江らしさ・島根らしさ」などの○○らしさという思考にも胡散臭いものを感じてもいました。建築の普遍性と地域性について、もう少しすっきりした認識に到達したいと思っていて、本稿の第3回「空間の居心地・心地よい景観」で空間の普遍性について以下のように記しました。

「歴史性や地域性を超えた空間の普遍性(ユニヴァーサリティ)とは、人間の動物的本能に根ざしたものを指す」という説であり、以前槇さんから説明を伺った時は文字どおり目からウロコであった。姿かたちや材料がどうあれ、また洋の東西や新旧を問わず、優れた建築や素晴らしい空間には私たち誰もが感動する。この「誰もが」ということはどうしてだろうか?という疑問に対し、「現代の日本人も、大昔のアフリカ人も、中世のヨーロッパ人もそう大きな違いはない。なぜなら、みな人間だから」という説である。
f0202518_12414421.jpg
パンテオン
f0202518_1242677.jpg
ロンシャンの教会

空間の普遍性とは、インターナショナルスタイル(国際共通様式)やユニヴァーサルスペース(近代の無限定空間)などにあるのではなく、「人間の本能に関わること」という認識は大きく示唆を与えてくれました。
では、建築の地域性とは何か・・・。
ほとんどの建築はたった一つの場所に建つ・・・という個別性・一回性を持っています。「その地域・その場所・その時」ということに特徴があります。

「建築とは、人間が住むという普遍性と、その土地に建つという地域性の中に存在する」ということになります。

■新しい地域主義
なんだか、当たり前のことを延々と論じているような気もします。K.フランプトンの批判的地域主義も、「いかに近代的でありつつ起源に敷衍し得るか。古く眠った文明を蘇生し、それを普遍文明へといかに参画させ得るか」と、言語としては当たり前のことを主張しているとも思えますが、新しい地域主義に向けて何かを指し示しているとも思います。

建築を言語で語るのには当然限界があり、結局は実作で示すしかないのでしょうが、もうしばらくの間、新しい地域主義について言語で迫ってみたいと思っています。
東京の建築とパリの建築、山陰の建築は大きく異なる・・・・・と。
(和)

[PR]
by trmt-ken | 2016-01-06 12:47 | 現代建築の現在 | Comments(0)
日々な建築・普段な住宅
軽井沢の別荘(吉村順三)
f0202518_16181199.jpg

学生の時、「コンクリート造の1階とその上に載っている木造2階のバランスがとても良い」と思っていました。改めて2階の居間や食堂の様子を眺めると、2階は森の中に浮かんでいる「人間の巣」。大昔の人類が木の上に住んでいるころはこんな感じだったのかナア、と感心します。2階居間のお手本ともいうべき空間。
f0202518_9154462.jpg
森に浮かぶ居間

倉の増築(ピーターズント-)
f0202518_169431.jpg

200年前の倉の建っている広い農地に別荘(書斎)を建てることになった時のこと。倉を壊してその跡地に新築するか、それとも倉を眺める位置にするか思案した結果、倉の増築として建てることになったということです。「古い建物は壊さず再利用するもの」というズント-さんの主張が聞こえてきます。

吉村さんとズントーさんの二つの小住宅は、足元を掘り下げることの大切さを教えてくれます。

モダニズム建築の現在-2の「懐かしい建築・新しい建築」のなかで以下のような記述をしました。
新しい建築は魅力的であり、新しさを目指すことは建築の本質的な行為の一つです。しかし、20世紀後半の新しさへの志向には、大きな勘違いがあったのではないか。「建築家の自己表現」などという言葉に代表されるように、建築にとって新しいことや独創性のみが大切であるという勘違いや落し穴に陥ったのではないか・・・。周辺の街並みや自然環境、建築の利用者を大切にすることの中から、おのずとほのかに浮かび上がってくるものこそが建築の個性であり、独創性と呼ばれるべきものではないのか・・・と考えています。

「新しさや独創性へのこだわりが、現代建築の混乱を増幅している」という論の先に何が見えてくるか・・・と思案しながら、
○右肩上がりや上昇志向の限界が見えてきている現在、時代にふさわしい建築を目指したい。
○普通の建築を丁寧につくることが大切ではないか。
○「普通」や「丁寧」を深めることが、次のステップにつながると思う。
などと考え、日々の仕事に向かっています。

4月中は、米子のMint chu chu Leather 川口淳平商店で、居心地の良い住宅についての展示を行なっています。
f0202518_16121438.jpg
背後が守られ前方が開けた空間は居心地の良い場所
f0202518_16114244.jpg
敷地面積:45~60坪、建物面積:30~40坪程度の「小さな家に豊かに住む」というテーマです。「普通で丁寧」を言葉でどう表現しようか迷っています。「土な建築・土なモダニズム」に倣って「日々な建築・普段な住宅」などが候補ですが、いまいち!との評があり。
(和)

[PR]
by trmt-ken | 2015-04-16 16:21 | 現代建築の現在 | Comments(0)
【ご案内】 空家カフェを開催します。

町家や古民家、空家、中古住宅についてのご要望が増えています。
古くからの家を住み継ぐ…、懐かしい雰囲気を活かした店舗にしたい…など、状況は様々です。
一方で、空家を所有されている方のご相談も受けています。敷地や街並みの特色を活かしながら建物を再生させていくことは、今後ますます大事な仕事になりそうです。
町家や古民家の改修事例、進行中の施主参加の工事例、物件の探し方なども話題に、カフェを開きたいと思います。

なお、駐車場が十分ではないためご配慮願います。
f0202518_18473661.jpg

[PR]
by trmt-ken | 2014-11-07 18:50 | 現代建築の現在 | Comments(0)
現代建築の現在―8
新国立競技場問題と土なモダニズム

 2013年8月の日本建築家協会機関誌に発表された、「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」という槇文彦さんの論考をきっかけに、「新国立競技場問題」が各方面で大きな話題となっています。2020年の東京オリンピックのために国立競技場の建て替え計画が進行中ですが、「神宮外苑の歴史性から考えると、こんな巨大で乱暴な施設が建設されてはならない、根本的に考え直す必要がある」という論考です。
f0202518_1045775.jpg
新国立競技場のコンペ案

f0202518_11312255.jpg
実現に向けて改変された基本設計案
              

この1年余りの間、さまざまな分野で多くの議論が行なわれました。
以下の課題が指摘されています。

① 施設規模と景観
 明治神宮外苑は風致地区に指定されており、建物の高さや建蔽率が制限されてきたが、そうした歴史的経緯を無視した施設規模である。コンペでは、鳥瞰図主体で審査が行われ、周辺との調和や周りからの見え方などが考慮されていない。
 歩行者の目線からは、見通しのきかない「巨大な沈黙の施設」であり、1年のうち300日間は使用されない。人通りの少ない夜間は犯罪すら懸念される場所になる。また、周辺の森は工事でほとんどが伐採される。
f0202518_1051198.jpg
現在の国立競技場
f0202518_10512688.jpg
新宮外苑の銀杏並木

② 建設費と維持費
 建設費はコンペの条件より大幅に増加しそうであるが、それ以上に問題なのは維持管理費である。建て替え前の国立競技場では年間5億~7億円程度だが、建て替え後は大幅に増えると懸念される。恒久的に8万人収容にする計画だが、オリンピック後に8万人分の客席を満員にできるイベントは少ないのではないか。維持管理費を考えれば、オリンピックの時だけ仮設席を建設して8万人収容とし、その後は仮設席を撤去して収容人数を縮小するべきではないか。
③ 施設の基本的機能
 観客席に屋根を架けたうえに、競技場部分にも開閉式屋根が計画されている。しかし下図に示されているように、競技場に部分的に陽が射したり陰になったりするのでとてもつかいにくい。陸上競技だけでなく、サッカーでも使いにくいし見づらい。選手にとって見づらいだけでなく、観客にとっても非常に見づらく、サッカー場としては欠陥建築ではないのか。
開閉式屋根(遮音装置)は膜構造にする予定だが、曲線を多用した屋根構造であるため制約条件が多く、火災発生時の安全性や遮音性能にも課題が多い。
f0202518_10591472.jpg
多くの矛盾を抱える開閉屋根

④ 無用な可動屋根
 可動屋根を中止し、観客席のみに屋根を架ける施設にすれば、上記の景観・建設費・維持費・基本的性能などに対する懸念や課題はすべて解消できるのではないか。(無蓋案)
f0202518_1101319.jpg
観客席のみに屋根を架ける提案


 主に東京で議論されている問題に対して、『遠く離れた島根からは、心配しながらも眺めているしかない』と考えていましたが、私達にも無関係ではないと思い直し、土なモダニズム(論)との関連性について述べてみることにしました。
 これまでの議論では、コンペ案のデザイン性については慎重に回避されてきました。「神宮外苑の歴史性・場所性と施設規模のミスマッチ」が最大の問題である・・・という主論点を明確にする必要があったからです。デザイン性についてまで議論すると意見が拡散し、事の本質が見えなくなりそうだ・・・という懸念からですが、本稿では「近未来的なデザインであり、日本を元気にし、世界に強いメッセージを発信する」と審査委員会で評価されたザハ・ハディッド案のデザイン性について吟味します。

■地域性・場所性について
 ザハ案に対する多くの人の第一印象は、図のような自転車用ヘルメットですが、ザハの他の建築もこのようなインダストリアルデザイン系の外観に特徴があります。ヘルメットやインク瓶、ステンレスの金属オブジェなどのように、「流線型でのっぺりしていてスケール感に乏しい」という特徴があります。このことが「近未来的印象」を醸し出します。本来は小さなものを、敷地の大きさを見ながら適宜拡大した・・・かのようなデザイン性で、場所性への配慮はもともと稀薄なのです。神宮外苑に置くのであれば、周辺に十分な余白をとり、例えば広大な芝生のマウンドの上に、「小さく、可愛く、そっと置いてある・・・」というくらいのスケールが適切であったと思います。小さければさほど問題はなかったのですが、大きすぎる上にこの様なデザインということでは・・・という意見が多くなってしまいました。
f0202518_115845.jpg
自転車用のヘルメット

■身体性について
 「流線型でのっぺりしていてスケール感に乏しい」という外観のデザイン性は、「身体性=スケール感」から離れていますが、内部空間も「身体性=心地よさ」から離れた「離土性」のデザインです。
f0202518_1174928.jpg
ザハ設計のオブジェのような建築

開閉屋根を持つ内部パースの第一印象は屋根のうっとうしさです。このような巨大な屋根のかかった競技場は「すがすがしい開放感」とはなりません。また輝度対比が激しく、観客にも選手にも使いにくく見づらいのは前述のとおりです。

■TOKYOという都市イメージ
 東京の都心地図を眺めると、JR中央本線に沿って、皇居・赤坂御用地・明治神宮外苑・新宿御苑・明治神宮と豊かな緑地が連なっていることがわかります。この緑地群と周辺地区には、江戸城開府から明治を経て、関東大震災と第2次世界大戦という街全体を焼け野原にする災害を経験した「東京の歴史」が深く刻まれています。
この緑地に大きく手を加えるということは、「TOKYOという都市イメージ」の変更を意味します。パリのエッフェル塔やポンピドーセンターの例などを持ち出すまでもなく、「TOKYOを代表するランドマークの役割としてふさわしいかどうか」また、「その役割を何が果たすべきか」というテーマが顕在化しました。
f0202518_1195722.jpg
神宮外苑の再開発計画案

50年前の代々木競技場は、当時のモダニズム建築のレベルを表現している傑作ですが、巨大な可動屋根や巨大な空調設備などの巨大技術を利用し、巨額の維持費を必要とする新国立競技場は、成熟社会日本と成熟都市TOKYOを象徴する価値観を未来に向けて表現する建築とは、到底成り得ないように思います。           (和)
[PR]
by trmt-ken | 2014-10-14 17:05 | 現代建築の現在 | Comments(0)
土な建築・土なモダニズム―2(現代建築の現在―7)
先日(7月6日)、松江市上乃木のDOOR BOOKSTOREさんで行なった「土な建築・土なモダニズム―2」の記録(島根県建築士会・会報の原稿)ができましたので掲載いたします。
f0202518_13213971.jpg
  • 土から遠くなった現代建築
    前回の「土な建築・土なモダニズム」では、建築についての主観に偏った論「私はこんな建築が好き、あんなのが嫌い…土な建築を目指したい」について述べました。これは、「つち」から遠くなってしまったことが、現代建築の閉塞感や停滞感を生み出した大きな原因ではないか…?という仮説です。「つち」には少し広い意味を持たせています。
    • 土  ……建築素材、土の表情や姿
    • 地面 ……地面に近い場所、背の低い建物
    • 地域性……気候や風土など、その地域でなければならない理由とか必然性を備えた建築
    • 場所性……その場所でなければならない理由とか必然性を備えた建築
    • 身体性……石、土、木、紙、コンクリート、植物、鉄など自然系の素材を基本とし、ゆっくりしたスピードにより手仕事に支えられた技術
    • 無名性……自己主張を控えたアノニマスな建築
    今回は、現代建築が土やローカリズムをどのように意識してきたか…?という視点から、現代建築の歴史を簡単に俯瞰してみます。

  • モダニズム建築の2潮流
    モダニズム建築運動の初期には、「地域性や歴史性を超えた世界共通性」というインターナショナリズムの価値観を広めることが大きな課題でしたが、個々の建築作品を見てみますと、必ずしも世界共通性一色ではありません。実に多様な作品が生み出されています。

    3巨匠のなかで、コルビュジェ(特に後期)とライトはつちに対する親和感の強い作品ばかりです。一方ミースは、ファンスワース邸など低層建築からシーグラムビルなど高層のものに至るまで、、ガラスを多用しユニヴァーサルスペースを追究するなど、つちから離れた作品が特徴です。このミースの流れが世界中に広がる過程で陳腐化し、「冷たくて退屈なモダニズム建築」につながっているようです。

    f0202518_931965.jpg
    f0202518_9313010.jpg
    f0202518_9314468.jpg
    このように、モダニズム建築は発生以来、「土」と「離土」の2つの潮流があります。藤森照信さんの言う「赤派と白派」です。近年の日本でも、「ますます土に接近するフジモリさん、土からもっと離れたいセジマさん」というかたちで表れていると思います。
    日本のモダニズム建築の特徴としては、このほかに
    • 装飾の少ない日本の伝統的建築とモダニズム建築の近親性
    • 戦災から立ち直るために、廉価に大量に建設することが優先された高度成長期
    • 歴史的町並みなど、日本の伝統的生活文化の軽視と、近年になっての再評価
    などがあげられます。

  • 地域性・場所性の再評価(1970年前後)
    1970年前後というのは、日本の建築界や社会状況、また世界的にも一つの区切りといわれています。丹下健三さんの傑作である代々木競技場を頂点とするモダニズム建築が、次のステップへの模索を始めたのです。
    f0202518_9321082.jpg
    高度成長期の波にさらされた日本の都市や建築の、向かうべき方向を探る方法論が広く検討されました。モダニズム建築の「世界共通性」に対して、地域性や場所性の再評価の試みが行われました。私ごとに引き寄せて延べますと、学生生活のちょうど真ん中の1969年は、ベトナム反戦運動につながる全国的な大学闘争(紛争?)の年であり、公害に象徴される自然破壊への危機感、大学の在り方、近代化や合理主義的価値観などに対して多くの異議が表明された時代です。

  • ポストモダニズム建築
    本稿の第1回「美しい町は可能か」で述べましたが、ポストモダニズム建築とは、「モダニズム建築が忘れてきたかのように見える歴史性や地域性を再評価しようとするものでしたが、その多くは『新しい装飾主義』とでも呼ぶべきものになっている」と考えられます。

  • 集落調査
    1960年代半ばから1970年代にかけて、「デザインサーヴェイ」という都市・建築の調査手法が広まりました。この調査は、建築学や社会学の研究者や学生、そして集落の居住者との協同によって、集落の建物配置から個々の住宅の間取りや細かな生活のしつらえまでを、一つの実測図面にするという点で、当時としては画期的でした。原広司研究室の「世界の集落調査」も1970年代です。
    f0202518_9323187.jpg

  • 地域振興(村おこし・まちづくり)の諸活動
    社会学の領域では、先進国を手本にした単純な近代化論や外発的発展論に対する批判から、鶴見和子さん達による「内発的発展論」が提唱されたのもこのころです。歴史の発展は一元的なものではなく、多元的で多面的なものであると考え、多面的な人間発展を重視し、国家より地域社会を基本においています。経済的発展と同時に、文化的社会的発展を重視する理論です。日本では、具体的展開としての「村おこし・まちづくり」の諸活動が始まり、現在に至っています。

  • 新しい地域主義、新しいヒューマニズム
    近年では、ポストモダニズムやグローバリズムに対する反省から、様々な試みが各分野で行われています。下は住宅誌「チルチンびと」の過去10年間の特集テーマです。モダニズム建築が見落としてきた日本の伝統的生活文化の再評価の例です。住宅に限らず、建築空間一般に対する価値観が表れていると思います。

    • 10 木の家・自然素材
    • 10 庭・緑
    • 09 古民家・町家・古さ
    • 08 エコロジー
    • 08 火・囲炉裏
    • 07 和・日本
    • 06 永く・持続

    また、藻谷浩介さんにより、「マネー資本主義」に対抗する「里山資本主義」という農山漁村の環境資源や人的ネットワークを重視する活動が提唱されています。
    一昨年の槇文彦さんの論考「漂うモダニズム」では、言語と建築の類似性に着目したモダニズム建築の劣化状態についての考察が、多面的に漂うように展開しています。そのなかで、モダニズム建築の今後の可能性として、「新しいヒューマニズム」と「新しい地域主義」の2点の記述があります。「人間をどのように考えたか…についての表明としての建築」という視点が、新しいヒューマニズムの骨子です。新しい地域主義については、「可能性があるとすれば…」という留保付きです。この2つの指摘はとても示唆に富んでいます。

今回の原稿執筆や資料収集の中で、「土とモダニズム建築」の視点として以下の切り口が浮上しましたので、次回以降吟味してみます。
  • 建築に影響する風土や地域性の枠組み
  • ケネス・フランプトンの批判的地域主義
  • 土なモダニズムの集合としてのグローバルモダニズム
これらのコンセプトについては、慎重な取り扱いが必要と考えますが、「何よりそれは、建築作品として表現されるべきものかもしれない…」とも思っています。
(和)

[PR]
by trmt-ken | 2014-08-19 14:30 | 現代建築の現在 | Comments(0)
「土な建築・土なモダニズム―2」開催のお礼
7月6日、上乃木のDOOR bookstoreさんで開催した「土な建築・土なモダニズム―2」にお集まりいただいた皆様、ありがとうございました。いろいろお心遣いいただいたDOOR bookstoreの高橋香苗様、ありがとうございました。

1996年、松江市主催のまちづくり塾での「都市と建築についてのワークショップ」以来、少しづつ検討を始めた「現代建築の現在」シリーズが、ひと山を越えたような気がしております。いずれ島根県建築士会の会報で、「現代建築の現在–7」として改めて報告いたしますが、取り急ぎお礼を申し上げます。

現代建築や現代の街並みはどうして「こんなこと」になってしまったのだろうか…?私たちの現代建築は、今どこを「漂って」いるのだろうか…?ということを、少しでもあきらかにしたいと考えて始めました。

その中で、「土な…」というキーワードにたどり着きました。

回り道をしながら、当たり前のところにたどりついたのかもしれません。
幸福の青い鳥は…やはり足もとにいた…ように思っています。
(和)

[PR]
by trmt-ken | 2014-07-08 15:40 | 現代建築の現在 | Comments(0)
【ご案内】土な建築・土なモダニズム—その2
7月6日(日)19:00より、上乃木のDOOR BOOKSTOREさんにて「土な建築・土なモダニズム—その2」を開催します。(参加費無料)
f0202518_16511018.png

「モダニズム建築の停滞感は、土から遠ざかったところに原因があるのではないか…」という仮説を、さらに吟味してみたいと思います。「土な」という言葉には、「土そのもの、地面、風土、地域性、場所性、身体性、手仕事、構造性、無名性…」などの意味をこめています。

ここ数年の「ひびきあうもの」の活動に参加された皆さんから、「土な…」についてたくさんの貴重なヒントををいただきました。感謝申し上げます。 謝々。

「土な建築・土なモダニズム—その2」
  • 前回の概要
  • 土とモダニズム建築
  • インターナショナリズムとローカリズム
  • 近年の動向
  • 「建築」を広くとらえる
  • 意見交換
    f0202518_18434455.jpg
    白井晟一アトリエ No.5 外壁
    [PR]
by trmt-ken | 2014-06-24 13:45 | 現代建築の現在 | Comments(0)
「つち」から遠くなった現代建築
3月16日(日)の夜、上乃木のDOOR bookstoreで「土な建築・土なモダニズム」の話をさせていただきました。二度目でしたので、清光院下のギャラリーの時よりは要領よく話すことが出来ました。(…でも、1時間を超えてしまった…)
  1. 「つち」から遠くなってしまったことが、現代建築の閉塞感や停滞感を生み出した大きな原因ではないか。「つちな…」という素朴で多様な概念を大切にしたい。
  2. 「ヒト」は、建築や風景の善し悪しを動物的本能により判断するといわれているが、そのことが軽視されているのではないか。
  3. 約20年前に設計したDOOR  bookstore(高橋邸)では、それらについてどう考えていたか。
  4. 世界各地のモダニズム建築を眺めてみると、実に多様で豊かである。バラガンやアアルト、ズントー、沖縄の象など私たちが好ましいと思う建築は、「つち」との関連が強固なことにも気が付く。
  5. ロンシャンの教会などを見ると(私はまだ行ったことがないが…)、コルビュジェも根っこでは土な建築への親和感が強いことに気付く。
というようなことを話しました。今後は、
  • 無名性
  • シェルターとしての構造性
  • 新しさと懐かしさの関係
などについて、もっと突き詰めてみたいと考えています。
(和)

[PR]
by trmt-ken | 2014-04-05 12:00 | 現代建築の現在 | Comments(0)
現代建築の現在-(6) 土な建築・土なモダニズム

これまで本稿では、地方都市における現代建築の乱暴な立ち居振る舞い、建築や風景を判断する基本原理などについて考察を行なってきました。

  • 第1回美しい街は可能か……街並みの不調和
    f0202518_11131875.jpg
    昭和30年代の石州瓦集落(島根県)
    f0202518_11134110.jpg

  • 第2回懐かしい建築・新しい建築……変わらないものへの視線
  • 第3回空間の居心地・ここちよい景観……空間や景観の判断原理
  • 第5回新体育館は現代的デザインがふさわしい……似非城下町景観
地方都市の不十分なモダニズム建築について述べながらも、「きわめて特殊な一握りの現代建築しか評価に値しないということは、近年の現代建築総体の劣化ということではないか…」と考えていました。第4回「漂うモダニズムを読みました」では、新建築に掲載された槇さんのモダニズム建築に関する論考を読み、読後感を記しました。この論考は、建築と言語を対比して論じ、英語や現代建築が世界性を獲得する過程で劣化し衰退現象が現れている…という視点を基調に、様々な考察が「漂うように」展開されています。奥の深い難しい論考ですので、次回以降に体勢を整えて、少しでも踏み込んでみたいと考えています。
今回は、建築について主観に偏った論…「私はこんなのが好き・あんなのが嫌い…こんな建築をめざしたい…」について述べてみたいと思います。あれはダメ、これもイカン…というならば、どんなのが良いというのかを示せ…」という声に、「言語によって」迫ってみようと思います。

■土な建築
土なの「」は、きれいな・変なの「」である。土に近しいとか土着性とかの意味を含む造語であり、土の建築のみをさしているわけではない。

  • 地面に近い場所……背が低い建物、地面に近い場所が良い。地震や火事の時逃げやすいことが大切であり、飛び降りられる高さでないと落ち着かない。
    高層建築は苦手で3階建てが限度。
  • 土の表情・姿……崩れかかった土塀は美しい。土手やあぜ道など土のランドスケープは好ましい。
    f0202518_13364312.jpg
    (左)あぜ道 (右)萩の土塀
  • li>地域性……地域性に根差し、その場所にずっと昔からあったような佇まい。気候や風土などその地域でなければならない理由とか必然性を備えた建築。インターナショナル(世界共通性)というよりローカリティ(地域固有性)に着目した建築。
    f0202518_1341950.jpg
  • 場所性……土地の起伏や道路の折れ曲がり、見晴らし、風向き、隣や向いとの兼ね合い、街の中での位置などを大切に、その場所でなければならない理由とか必然性を備えた建築。若い友人の一人が「根っこ建築とキノコ建築」ということを言っていた。「容易に移植可能な、根っこのないキノコ建築」ではなく「その場所でなければ成立しない根っこの強い建築」との意である。
  • 無名性……アノニマスな建築。作為性や技巧性を極力排除し、素人性や泥臭さを大切にした建築。きわだつ建築や独創的な建築を目指すのではなく、生活環境に必要最小限の利便性と機能性を追求する。建築や都市空間の主役は「建築家の自己表現」などではなく、そこで営まれる生活である。
    f0202518_13334694.jpg
    (左)コンクリートの空間(ひびきあうもの展中庭)
    (右)コンクリートの空間(ひびきあうもの展内部)
  • 自然系素材……石、土、木、紙、コンクリート、水、焼き物、植物、鉄などの自然系の素材を基本とし、石油化学製品などの工業製品は慎しむ。
  • ヤワラカイ建築……ヒトの感情をはね返さずに素直に受けとめる「やわらかさ・許容性」と、輪郭や境界が緩やかで曖昧であるという「やわらかさ・曖昧性」。
  • あいまいな輪郭…内部空間と外部空間の境界は曖昧なのが良い。外のような内部空間や内部のような外部空間は居心地が良い。内外の境界が建築の輪郭を造るので結果的に曖昧な輪郭の建築となる。
  • 陰影や凸凹……多い方が良い。庇は雨量が多い亜熱帯モンスーン気候地域では不可欠。隙間は魅力的な空間。
  • 透過性……ヒトや空気の出入りを遮断しないのがよい。風通しは大切。ガラスは空気の透過しない壁であり多用は禁物。
  • 身体性……ゆっくりしたスピードによる手仕事に支えられた技術が好ましいが、これ見よがしの表現はまずい。機械力への依存はなるべく控えたい。
  • 肌ざわり……ざらざら、ゴツゴツした表面。へこんだり欠けたりするのもよい。
  • 弛緩性……その中にいても外から眺めていても緊張しない、リラックスした空間。

  • f0202518_13352890.jpg
    コンクリートブロックの空間(高橋邸)

■モダニズム建築と土な建築
本稿の第一回、「現代建築の現在 -(1)美しい街は可能か」では、モダニズム建築について以下のように記述しましたが、このようなモダニズム建築と「土な建築」との関係性についての考察が必要になってきました。

モダニズム建築
産業革命によって、他の技術と同様に建築技術も飛躍的に進歩しました。

  • 石造や木造にかわり、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の普及
  • ガラスなどの新しい建材、電気や空調など新しい設備の利用などにより、装飾の少ない「現代建築」(モダニズム建築)のスタイルが出来上がりました。
このスタイルは「インターナショナルスタイル」と呼ばれ、国際様式・世界共通様式という意味をもっています。当初はさっそうとした若々しさ・爽やかさ・初々しさ等の気分で迎え入れられたのですが、その後陳腐化し、単なるのっぺりした四角い箱という様相を深めたため、モダニズムに対する反省の動きが出始めました。(これをポストモダニズムといいます)モダニズム建築が置き忘れてきたかのように見える歴史性や地域性を再評価しようとするものでしたが、その多くは「新しい装飾主義」とでも呼ぶべきものになっているようです。
  • モダニズム建築の発生
  • 世界や日本における展開
  • 私たちの住んでいる地域とモダニズム建築
などについて思案するうちに、「土なモダニズム」という概念が浮上してきました。次回は、「土なモダニズム」というコンセプトを手がかりに現代建築を眺め、槇さんの「漂うモダニズム」の考察にも踏み込んでみたいと思います。

[1]エーゲ海の村と街(A.D.A.EDITA)
[2]ルイス・バラガンの建築(TOTO出版)


[PR]
by trmt-ken | 2013-11-05 12:30 | 現代建築の現在 | Comments(0)
宍道湖の夕陽を望むメモリアルパーク構想
松江市の宍道湖を望む湖畔公園(白潟公園)沿いに、「宍道湖・メモリアルパーク構想」を勝手に作ってみました。湖畔の市立病院跡地は、長い間空地のままとなっています。暫定的に駐車場やゲートボール場として使用されていますが、とてももったいないことと思っていました。
f0202518_1721021.jpg

f0202518_17283582.jpg

昨年秋、松江市中心市街地活性化協議会にワーキング組織が出来、越野・伊丹・寺本が参加しています。「近隣集客拠点」というグループでの市立病院跡地構想班の活動です。小汀泰久さんを班長として、島根大学建築学専攻の学生など数人の協働作業で造りました。
今後数日をかけて紹介いたしますが、ネットで「仏壇の原田」で検索すると、小汀さんのブログに3回登場しています。お急ぎの方は、そちらをご覧ください。(和)
[PR]
by trmt-ken | 2013-04-13 17:28 | 現代建築の現在 | Comments(0)