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「里」という思想-内山節-
内山節の著作を折にふれ読み直している。同時代を生き、また里に根拠を持つ哲学者として深く共感する。一冊は隠岐に置いてあってすでにボロボロになった。(犯人はもちろんくまさんです)このコロナ禍の中で、再び近代技術のやってきたこと、を見直している。
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山里にて
『「何もない時代だった」と平四郎さんはふりかえった。…「しかし、悲惨な時代ではなかった」と彼は言った。あの頃の人間には、子供をふくめて、すごい力があった。なんでも自分たちでつくりだす力があった。・・・・そしてあの頃は、誰もが自然の動きを受け止める力を持っていた。他の人々の気持ちを受け止める力も持っていた。自分の生活も大変なのに、自分の仕事を放り出して他人のために働く余裕を、村人はもっていた。』

『「今はいい時代なんだろうと思う」と平四郎さんは言った。「何もかもある時代になった。しかし私は、もしもできるのなら、何もなかった時代に戻りたいと思う。あの頃は人間のすばらしさを実感することができた」そういって、平四郎さんは話しを閉じた。』(p34)

進歩について
『…労働の世界には、「進歩」と無縁なものがたくさんあることにも私たちは気づきだした。例えば土をつくり、作物を育てる労働に、「進歩」する何かがありうるだろうか。例えば伝統的な職人の技に、歴史の「進歩」という観念は必要なのだろうか。そして面白いことに、そんな「進歩」という観念と無縁な仕事に、その代わり労働を犠牲にすることもない仕事に、今日では多くの人々が、人間的な仕事があると考え、憧れさえいだくようになった。「進歩」という神話があったからこそ成り立った労働の世界は、崩れはじめた。』(P134)

緩衝帯について
『レヴィ=ストロースは、人間が人間的であるためには、自然という緩衝帯が必要なのに、人間はこの緩衝帯を破壊してしまったと述べた。その結果、人間の本質が「無」であることを、つかめないものにしてしまった、と。』(p152)

建築・まちづくりに限っても、パカパカと立ち上がる新しい街並みを見るたびに、これが我々のやってきたことか・・・と暗澹とした気持ちになる。無力感につぶされそうになる。近代技術が、なんでも造れる技術を磨いてきて、その結果がこれか・・・と。「便利」と「進歩」という言葉はいまや空っぽ。

目指すべき理想形が見えているわけではない。しかしながら、今進行している事態が不毛なのは明白だ。醜いとしか言いようがない。誰もローンを組んで醜い住宅に住みたいとは思わない、なのになぜ結果としてこうなるのか?この現実から始めなければ。

かって、フランスで古建築を学んでいたとき、校長のフロワドボー先生は、「教会の一部分が傷んだとき、同じ形だからと言ってプラスチックで置き換えることはしない。なるべく近い材料と道具で今の職人さんが削り出す。それでなくては信仰を支えられない。」と言われた。

私共の受けた大学の建築教育の中では「歴史は歴史、今は今」ときれいに切り分けられていた。しかし、根っこを切り離した文化は文化たりえるか。
今、フロワドボー先生の教え子たちの手でパリのノートルダムがどのように再建されるのか、祈るような気持ちで見守っている。(礼)


能率の裏側


【読書日記】

2021.0621「里」という思想-内山節-

2021.0613精神科医の自己診断-中井久夫-

2021.0610小沼丹の落とし物

2021.0502日本文学史早わかり-丸谷才一

2021.0501内田百閒の私と漱石龍之介

2021.0331イシグロの世界

2021.0307パンデミックの物語

2021.0204和するという流儀

2020.1217北越雪譜-鈴木牧之―

2020.1203杉本家の土蔵-文学の紋帖

2020.1111「単一民族神話の起源」小熊英二を読む

2020.1016言葉の深淵へー古井由吉―

2020.0906招魂祭という装置

2020.0816洪水と水害をとらえなおすー大熊孝―

2019.1215風を聴く-賢治によせて

2019.1110内山節と読む50の古典

2019.0815八詩仙の飲みっぷり**

2019.0604池澤夏樹の語感覚

2019.0629エコラリアス-忘れるというメカニズム

2019.0625素直に敗北宣言⁻松浦寿輝-

2019.0622誰に向けて書こうか

2019.0203犀の角のように、一人歩め*

2019.0103東京の地霊(ゲニウス・ロキ)-鈴木博之を読む

2018.1216サリンジャー「The Catcher in the Rye**

2018.1209美と宗教の発見-梅原猛-

2018.1208「黒い雨」再読

2018.1013書評の放つ光「水の匂いがするようだ」

2018.0521自分勝手な保険をかける

2018.0211ジャン・コクトーのこと**

2018.0203「吉本隆明1968」鹿島茂-重なりにみえてくるもの*

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2017.1121文字に刻む音-蘇東坡によせて*

2017.0718息(いぎ)をするように*

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2016.0716裏返された座布団-catside down-**

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2016.0326たどたどしい言葉で「ライムギ畑でつかまえて」*

2016.0305「ある家族の会話」-ナタリア・ギンスブルグを読む*

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2015.1109干し柿のすだれ

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2015.0427本好きの本棚

2012.0401吉本隆明を悼む



by trmt-ken | 2021-06-22 16:54 | 読書日記 | Comments(0)
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