自分勝手な保険をかける
手前勝手な保険をかけている。病気になった時に読む本を貯めること。
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貧乏症なので、全くの健康時に3・4日かかる本を読むのはなぜか気が引ける。少し痛い所があったり、熱っぽい時にごろごろして、食事もとらずに本に包まれているのがいい。痛みすら甘美に思える。ここ数日その至福の時を過ごした。お付き合いいただいたのは武満徹。作曲家は数学者に似て近寄りがたかったが、武満氏は特別な音楽教育は受けず独学とのこと‥‥初めの一歩から度肝を抜かれる。

西洋と東洋の2項対立でなく、バリ島やアフリカや、思考の成り立ちからちがう音の風土に‥‥うなる(痛みも忘れて)。そしてフィールドワーク中の文化人類学者・川田順三と交わされた豊穣な往復書簡。アフリカとパリと日本を行き来する書簡の書かれた時は、くしくも、私がパリで苦闘していた時に重なる。フィールドノートに場所と日付けを記していたことが今、有難い。
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第5巻の詳細な年譜にはパリ公演の記録もあった。1978年10月17日ソルボンヌの礼拝堂における「比叡山延暦寺の声明」公演。その時、武満徹氏は中央のドームの柱の角に、間をおいて響く鐘の余韻の中におられた。音は振動として感じられた。時空そのもののような。

なぜか僧侶も楽器も思い出さない。音楽家のひっそり頬杖をついた姿のみ記憶のスポットライトの中に残る。
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簡易に持ち運べない音、抽象でなく存在としての音を求めた軌跡。延暦寺の木造伽藍と集中式プランの石のドームの空間では全く別の響きだったはずだ。

さて、次の病気の時はなんとしよう。(礼)

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by trmt-ken | 2018-05-21 21:43 | 読書日記 | Comments(0)
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