ジャン・コクトーのこと
本日の読書欄に、コクトーの「恐るべき子供たち-アンファン・テリブル-」のことが載っており、あっと思った。不可解さ、それにも関わらず透明な哀しさに満ち、不思議な余韻がある。なぜだろうと、ずっと疑問だった・・・。20歳の親友ラディゲを亡くし、コクトー自身アヘン中毒に、そして2度目の入院中に書かれたのがこの小説とか。死者へのラブレターか。
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書かれた内容が問題ではない。筋などもうどうでもよい。ただ、こうした切々とした感覚を生み出せるというのが文学の本質かと思う。そして、心に引っかかる物語が、なぜか夭折した人へのメッセージのように書かれていることがままある。あるいは、その人を書き留めておきたいという願い。そうしないと本当に消えてしまうという思い。それが切ない。

大人にならないピーター・パン。陰に亡くなった少年の面影。
そして、モンテーニュの-随想録エセ-。夭折した友ラ・ボエシーとの生涯をかけた魂の交感とも読める。
( 礼)

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by trmt-ken | 2018-02-11 21:28 | 読書日記 | Comments(0)
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