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菊竹清訓「代謝建築論」を読む
菊竹清訓「代謝建築論(復刻板)」を読む。

大社庁の舎についても記述があり、直観的に感じていたことが当たっていてほっとした。新しい知見としては、建築と自然との時間的対話に言及されている点(96頁)。雨が、水跡が時間をかけて作る水自身のデザインを想定されていた。また、更新の可能性についても。「横材は当初色つきの強化ガラスで構想していたが、・・・中略・・・プレキャストコンクリートに置き換えた。近い将来ガラスの技術の進歩によって実現可能となれば、外壁部分は許されれば全部ガラスにとりかえたいと思う。」(94頁)と言われている。

あとがきにおいて、我が国の建築について、西欧のように創造と模倣を峻別することなく、人を介して流儀や伝統が継承されてきた参加型の文化ととらえ「更新」と表現されている。遷宮は文化継承の一つのかたちであると思う。時を継いで蘇るとはどういうことかを今再び考えたい。
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母校の高校は菊竹邸スカイハウスを見下ろす丘の際に立っていた。美術の時間に同級生はほぼ"90%向かいの丘に建つ丹下健三のカテドラルを描くのだけれど、私はなぜか眼下の菊竹邸を描いた。周囲の芝生の緑が美しかった。建築に進むかも知らず、菊竹の誰かももちろん知らない女子高生の時。
(礼)


by trmt-ken | 2016-10-08 20:51 | 建築 | Comments(2)
Commented by 山本 at 2016-10-08 21:34 x
今回の建て替えについての8ページにわたる詳細な見解が氏子会の会報に掲載されました。(リンク先)
日本文化と”更新”についての考え方のようなものも記されていますが、その帰結が全面解体というのはあまりに残念に思います。
Commented by trmt-ken at 2016-10-09 21:18
> 山本さん
庁の舎が、歴史文化を受け止めた傑作であることは間違いがないと思います。営利事業者でなく、由緒ある神社が、解体したいということに驚きます。本当に代替地はないのか、お願いしかできないのか、と思います。いろいろな場を設けて声をあげて、阻止できないだろうか。有光
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