2人の敬愛する先達
志村ふくみさんと須賀敦子さんの本は、愛蔵して折にふれてとりだしてみる。
志村さんは文章や着物はもちろん、お年を召した姿の稀有な美しさ。手をつかい頭も使い、感覚を研ぎ澄まし、そのうえ自然の精気を呼吸しておられるのだろう。

須賀さんには敬愛とともに親近感がある。パリからイタリアに着いた時の開放感のくだり、ほんとにほんとに。いつもスケッチブックを携えていたけれど、イタリアに入ったら、絵を描く時間さえまだるっこしくなるほど夢中になって歩き回った。細胞の一つ一つがプチプチはじける感じ。パリではフランス語での講義に難儀していたのに、イタリアに行ったら言葉なんかどうでもよくなって。
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写真はVeronaのCastel Vecchio Museum(Carlo Scarpa)
パリからイタリアへ向かう食堂車では、素敵なマダムと同席になった。デザートのリンゴをナイフとフォークで、エレガントに召し上がった。その後私も家で練習してみたが、なかなか上達しなかった。また、イタリアへいきたい。今度は箸を持っていこうかな。
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写真同上:遺跡と現代が付かず離れずの距離にて2重奏。
それから、父上より勧められたという森鴎外の「渋江抽斎」。それまでの森鴎外のどこか鬱屈した女性像への違和感を払拭した一番好きな著作。五百(いお)が主人公ではないかしら。そして父上からの須賀さんへの応援歌では。
志村さんと須賀さんの話から、とりとめもなく思い出が紡がれる。自然の力を頂いて。志村さんの文章からは香りがし、須賀さんの文章からは響きが聞こえる。
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写真同上Veronaにて。ギャラリーに上がるミニマム階段。動きの一粒一粒が、アートか演劇のようで。人もそれになりきって、言葉さえも歌うように。(礼)
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by trmt-ken | 2015-11-06 10:28 | 読書日記 | Comments(0)
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