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米田由美子「Intimacy」について
米田由美子さんの展示会「Intimacy」がDoor さんで開かれます。
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日時:11月3日(金.祝)~11月9日(木)13:00~18:00
場所:Door (上乃木)

表面の質感と背景の質感の呼吸、目地の上に置かれた位置、光があたった時の影、半影。そして複数置かれたときの余白と緊張…ものなのに置かれたときに空気が震え、光が転がるのを何度も見てきました。物が「関係」にかかわる、外にあるのに内部にさざ波がたつ・・・。そしてここに置いてみたいと思われるような空間を造りたいと思うのです。
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2016.0216 
2012.1108 

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by trmt-ken | 2017-10-31 18:37 | コンサート・催し | Comments(0)
隠岐の家、赤瓦に戻る
隠岐の家の母屋が、雨漏りし始めた。明治の建物で当初は赤瓦であったが、父の時代に黒瓦に葺き替えたもの。葺き替え時は赤瓦といえば昭和赤と呼ばれる派手なオレンジしかなく、黒を選んだとのこと。それでも父はあとになって黒瓦にしたことを悔やんでいた。
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蔵( 古い瓦)と奥の母屋(今回葺き直し)

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葺き替え工事中(これから下屋にかかる)

今回、来待色の3色葺きにした(赤来待・茶来待・黒来待を7・2・1比)。五箇のセンターや五箇中学校など大量に使う場合以外は、住宅などではなかなか混ぜ葺きまでは行かないが、今回わずかな増額で可能になった。工務店さんの心意気に感謝。やっぱり赤瓦のものだ。付属棟(蔵と牛小屋)は昔の赤瓦で、ようやく全体が落ち着いたような気がする。また、郷土館や物産館・創生館などを含む五箇村赤瓦集落の一員としても。
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五箇コミュニティセンター(3色混ぜ葺き瓦と五箇石の中庭)
五箇センターの屋根葺きの時は、まだ東京在住で現場監理に遠路通った。せっかく混ぜ葺きなら差があるほうがいいという現場の意見や、4枚一組で屋根に上げるため、最初の部分がパッチワークのようになって慌てたりの試行錯誤を経て現在に至る。それでもわがとこの屋根でさえ、親族間で議論があった。現場はいつもどきどきする。いい色になった時は格別。赤瓦に乾杯!

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五箇中学校(RC壁に木架構を載せる)

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隠岐郷土館(明治時代の下見板張り洋館/周吉郡役所を移築し、その後屋根葺き替え)



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by trmt-ken | 2017-10-30 19:52 | 隠岐の島たより | Comments(0)
アイルランド伝統音楽クリスマスライブ【ご案内】
清光院下のギャラリーでは、11月18日(土)のピアノとチェロのコンサートに続き、12月16日(土)にアイルランド伝統音楽のライブがあります。詳細は以下のとおりです。


島根初公演!☆彡John John Festival アイルランド伝統音楽ワークショップ&クリスマスライブ☆彡
〇DATE:2017年12月16日(土)
【楽器別ワークショップ】
〇時間:14:00-16:30(受付13:30)
〇会場:カラコロ工房地下金庫室
〇参加費:3,500円(ライブも参加の場合500円引き!)
ティンホイッスル、バイオリン(フィドル)、ピアノ、バウロン(太鼓)、ギターのうち、2コマを選択して受講してください。アイルランドに伝わる伝統的な曲や独特のリズムをJohn John Festivalのメンバーから学びます!貸出用楽器もございますが数に限りがあります。〔レベル:初心者~上級者〕
14:00-15:00 1コマ目
15:15-16:15 2コマ目
16:15-16:30 オープンコンサート(全体合奏)

【クリスマス・ライブ】
〇時間:19:00- (受付18:30)
〇会場:Gallery Matsue Seikoin-shita
〇参加費:3,000円(高校生以下1,500円)
島根県初公演のJohn John Festivalのエネルギー溢れるパフォーマンスをお楽しみください!

【チケット取り扱い】
島根県民会館チケットコーナー、プラバホール、はらぶんパピロ21、チケットぴあ

主催:山陰日本アイルランド協会
共催:松江市
後援:駐日アイルランド大使館


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by trmt-ken | 2017-10-29 07:17 | コンサート・催し | Comments(0)
一枚の布から
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衣服の断捨離のとっかかり。
まずは、途中で止まっている未完成品をとにかく着れるようにする。これが思いがけず大成功(自称)。マント型の一枚の布。サイズフリー、和洋両用。フードがついているだけで、切れ目・縫い目がない。ボタンなどの留め具もまだなし。着ながら考えよう。
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次に、虫食いがあって(長期間放ってあって)あきらめていた服を再生する。これがまたまた大成功!(接着剤と糸くずによる補修)
ひと様に売るわけでなく自分が良ければいいわけで、ハードルがかなり低い。どこぞのお寺の隠し部屋のように、隠すどころか補修を自慢したりして。新しさの価値でなく、「手間暇の価値」全開。

肘の抜けたセーターのツギハギだとか、まともな普通の服がほとんどないけど、サイズフリー・和洋フリー・男女フリーが信条。くまさんの服の部品もそこここに出没。布遊び、台風に挟まれた束の間の秋日和。
(礼)

【着物つれづれ】
2017.1012 きものを譲られるとき
2017.0921 糸とボタンの日々
2017.0211 黒が好き
2017.0110 男仕立てのシャツ
2016.1212 恐怖の3度褒め
2015.1222  Daja さんの本
2015.1107 
2015.1104 
2015.0509 平成27年度版中古品整理判断基準
2015.0429 よみがえる服・着続ける服
2012.0624 紫陽花色のドレス


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by trmt-ken | 2017-10-27 15:18 | 着物つれづれ | Comments(0)
清光院下のギャラリーのご利用について
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【清光院下のギャラリーのご利用について】
一般の方の集まりやコンサート・展示会にもご利用いただけます。
利用料金は、半日:5,000円・1日:10,000円です。建物の維持費等にあてています。
5mx12mの長方形の主室に中庭を挟んで控室があります。30席から40席程度の集まりが適切です。ピアノ、スクリーン、キッチン使用可能
貸ホール専用の施設ではないため、駐車場などの制約があります。7月下旬より8月末までは夏休みにて閉館します。詳しくは下記にご相談ください。
TEL:0852-26-1196(有光・ありみつ)<メール:info@trmt-ken.jp
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清光院下ギャラリーにおけるコンサート
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ひびきあうもの展2016.11

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by trmt-ken | 2017-10-19 20:37 | コンサート・催し | Comments(0)
着物を譲られるとき
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10月12日朝日新聞のひととき欄。自分のことのようで。

遺品の形見分けもあるが、着物を譲られるときはある種のかなしみや諦念がまとわりつく。夏の麻の着物は、母が「もう夏に着物を着る元気がなくなったから」と言って(褒める前に)譲ってくれたもの。服にしたら、着ていないより涼しく愛用中。パリの小間物屋で買ったボタン、ベネチアの露店で買ったおもちゃのネックレス。思い出だけでもっている、原価2000円ほどの服。40年物。

数少ない手持ちの服でも、決して処分しないであろう服がいくつかある。すべて、家族の思い出とともに。母が残した着物、祖父の布団側から再生した服。お召の服はクリーニングごとに縮んで、「身を縮めなくてはとても無理」と思いながらも、かけた手間が惜しい。

さて、建築に対する姿勢は夫婦でそんなに違いはないが、衣服に関しては全く対照的。くまさんの服は1.2年でほぼ消耗する。いつも新品なはずなのにきれいとはお世辞にもいえない。・・・それでも言った豪傑がひとりおるぞ。胸ポケットの赤インクのしみを、「しゃれてますね」と。それが、お世辞は言いそうにない人物なので始末が悪い。価値観がからからと崩れる。新しい地平へ立つとき。哀しみや諦念を飛び越えて。(礼)

【着物つれづれ】
2017.1012 きものを譲られるとき
2017.0921 糸とボタンの日々
2017.0211 黒が好き
2017.0110 男仕立てのシャツ
2016.1212 恐怖の3度褒め
2015.1222  Daja さんの本
2015.1107 
2015.1104 ミシンの直った日
2015.0509 平成27年度版中古品整理判断基準
2015.0429 よみがえる服・着続ける服
2012.0624 紫陽花色のドレス

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by trmt-ken | 2017-10-12 19:56 | 着物つれづれ | Comments(0)
ピアノとチェロのコンサート【ご案内】
秋のコンサートのご案内です。
SATSUKI(piano)+NAGISA(cello)によるライブ

日時:11月18日(土)18:30 open 19:00start
場所:清光院下のギャラリー
予約・お問い合わせ:090-6483-0289伊藤
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」について

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by trmt-ken | 2017-10-11 21:24 | コンサート・催し | Comments(0)
補遺-現代建築の現在-
連載を振り返って

島根県建築士会々報の連載「現代建築の現在」が一段落しました。
連載のモチーフは第2回「懐かしい建築・新しい建築」のまえがきに記しました。

1999年、本誌に「モダニズム建築の現在-美しい街は可能か」という文章を書きました。最近の現代建築が細い迷路に入り込んでいる様な気がして、その実態を明らかにしたいと考えました。現代建築の大きな弱点の1つが「美しい街なみをつくれなかった」というところに現われていると感じたからです。編集部から、その続編を書く許可をいただいたので、今後数回にわたって論じてみたいと思います

第12回「住処・棲家の自然」までを通読してみると、いくつか説明不足の概念があることに気付きましたので補足します。

身体性
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モジュロール ( ル.コルビュジェ)
 本稿では身体性という言葉を何度も使っている。「労働という身体性、歴史的集落の価値と身体性、居心地という身体性、景観における身体性、架構デザインの身体性、機械生産性と身体性、身体性を失った近年のモダニズム建築、身体性を保持したモダニズム建築・・・」などであるが、言葉の意味を厳密にわきまえて使っているわけではなく、むしろそのような使い方の中から「身体性」を定義している側面もある。ネットで検索すると以下のような記述がある。

〇身体性とは、身体そのものだけでなく身体を通して生まれる感情や感覚、直感までを含めたもの。関連語としては、身体感覚・身体意識・身体能力・身体的思考などがある。
〇 ヒトは、身体で感じ、身体で考える存在であるという。誰しも生まれてからしばらくの間は理想に近い形で身体意識が働いているが、言語を習得し成長するにつれ、身体意識との結び付きを喪失した視覚的・聴覚的意識の強い意識世界をしだいに作り上げる。

底流の主題
 前期モダニズム時代は、工業化社会にふさわしい装飾の少ないインターナショナルスタイル(世界共通様式)を追求することが主題であった。そして「新しさ」とか「オリジナリティ」とかが大切・・・という価値観が広く流通していた。この新しさやオリジナリティという概念はアートの世界では一般的であるが、建築の歴史では古くからあったわけではなく、前期モダニズム特有の主題ではないかと思われる。建築する目的は「心地よく住む」という事であり、新しさとか独自性(オリジナリティ)とかは目的や使命にはなり得ないにもかかわらず、なぜこのようなことが重要と考えたのだろうか。 

 起源は、コルビュジェの「自由なプラン」、「自由なファサード」に関連しているように思う。それまでの様式建築には墨守すべきセオリーがあるとともに、構造や材料などの制約も強かった。従って歴史的建築は少しずつ緩慢に変化(あるいは進歩)していったので、「画期的な」建築が一気につくられることは無く「よく似た」建築は周りにたくさんあった。また、そのことが街並みの統一感や連続性を育んだ。
 
 モダニズム建築の初期は、コンクリート造や鉄骨造の建築をその都度工夫しながらデザインしなければならなかったので、新しい建築言語の開発が必要であった。新しさやオリジナリティが求められたのである。後期モダニズム時代に入り、新しい建築言語は次第に煮詰まって行きおおよそのことは達成されてしまった・・・ように 思う。むしろ日本や世界中に独創性(!)あふれる、新しい(!)奇妙な建築が大量に出現することになり、その弊害が目立つようになった。にもかかわらず「新しい建築言語はまだまだあるはずだし、それが建築の使命である」と考える人達は今も多い。

 街並みの不調和が議論され、「際立つ」ことより「おさまる」ことが求められる時代になったと思う。
「新しいかどうか」より「相応しいかどうか」が課題と考える。その地に相応しいかどうか、その人に相応しいかどうか、その課題に相応しいかどうか、さらには・・・その課題は相応しい課題かどうか・・・。
 そして、そのような思考や作業の積み重ねの先に見えてくるものが「普遍性」と呼ばれるものかもしれないし、「新しさ」や「独自性」を感じる建築なのかもしれない。

建築と街並み
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東京海上火災ビル
 現代建築による良好な街並みはどのように可能であろうか・・・という課題については
〇 街並み協定や道路や植栽、水辺などによって美しい街並みづくりを目指す。
〇 与えられた敷地の中で最善を尽くす。
などの方法がある。前者の場合、比較的良好な街並みは可能であるが「感動的な」街並みまでは望めないことが多い。後者の場合は、その周辺のみが「感動的に」なるのが精いっぱいであろう。個々の建築と街並みに関するこのような状態を克服するための試みが、これまでいくつか行われてきた。

 前川國男は、石に替る表装材として煉瓦タイルに着目し、大型の煉瓦調タイルをコンクリートに打込むことを追求した。低層の美術館や図書館だけでなく、高層のオフィスビルにも工夫を重ね、煉瓦タイルで都市の基調を構成することを目指した。槇文彦は、代官山ヒルサイドテラスにおいて約40年間(7期)にわたり少しずつ増築を行い、連続感のある街並みを形成することに成功した。建築と街並みの良好な関係を示す稀有な例と言える。
 「建築は小さなまち、まちは大きな建築」という視点に立った粘り強い試みが、今後も継続的に行なわれることが求められている。
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代官山ヒルサイドテラス
地域性・ローカリティ
 例えばこの地の建築は「東アジア・温帯モンスーン気候・裏日本・地方都市あるいは農山漁村・過疎地」などの条件に規定されているが、地域性やローカリティとは必ずしも松江とか山陰とか特定の地域を指すだけではなく、「地域性一般」とか「ローカリティ一般」という捉え方が必要ではないか・・・という論がある。

「歩いて1日で行ける範囲」とか「この川の流域」、「ここから眺められる地域」など小さな場所の中で暮しながらの思考や感覚・実感が大切であり、大都市の無限定空間で行なうこととは異なった結果をもたらすのではないか。 
 
地域、コミュニティ、自然と結ばれた暮らし、新しい共同体、これらの人間同士の関係、様々な文化、地域主権、参加、ボランタリーな活動。これからの私たちの暮らしの指針として用いている言葉は、どれもが小さな世界を基盤にするものばかりである。・・・ローカル性にこだわることは、閉じられた世界で暮らすことではなく、大きな世界と交流するうえでの自分の足場を持つ、という事であろう。  (内山節著 「里」という思想)
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          内山節著"「里」という思想"

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by trmt-ken | 2017-10-07 13:28 | 現代建築の現在 | Comments(0)
スポーツという魔物
アスリートの心の問題に対する記事が目を引いた。
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スポーツの持つ勝たねばという「宿命」が、必ずしもプラスの効果ばかりではないということ。当然のことだが、プレッシャーが若い心を傷めることも多い。心ばかりでなく、体さえも・・・。選手生活のトラウマから抜け出す過程は、薬物依存症からの回復過程に驚くほど似ているという。

アスリートにならないでよかった。なれるかどうかは別として。それから話は跳ぶが、数学者にならないでよかった。
最近もう一つ思うこと、政治家にならないでよかった。
(礼)

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by trmt-ken | 2017-10-04 22:15 | 折々に・・・ | Comments(0)
日影ゆらぐ-続-
いろいろ器を磨いて、時刻を待つ。安部宏さんの茶碗も年月を経て縁の厚味や面の数も変遷していることに改めて気づく。(8面と9面のがあった)。醬油さし、ワイングラスなどもいつもより丁寧に磨いてスタンバイ。
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ワインカップは模様が出現、ふくらみのある醬油さしは出なかった。本日の日差しは気まぐれで、今後に期待を残す。

さて、遺跡の穴が、礼拝堂の窓が、彼岸や夏至冬至の日影に合わせて造られていることがある。人は神秘を感じ一年を待って祈ったのだろう。
日食の時(2012年5月21日)は、うろこ状になった木漏れ日がゆらいで、大きな魚が中庭のブロックの壁をざわっと動いたような気がした。臓腑までざわっとした。日光の恵みを受けて生きる生き物である証しか。(礼)

2012.0521


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by trmt-ken | 2017-10-02 16:49 | 折々に・・・ | Comments(0)