カテゴリ:建築( 100 )
明治20年代壁の下張り―現場にてー
改修工事現場にて押入れの紙をはがしてみると、明治20年代の新聞の下張りが顔を出した。
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明治29年4月19日には板垣翁云々、また別の紙には米国大統領マッキンレー氏云々とあり、タイムスリップした気分。ということは、その下地の杉板も明治のものということになる。これは生かさねばばちが当たる。
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by trmt-ken | 2016-11-15 21:50 | 建築 | Comments(0)
ロココという時代

構造への挑戦が推進力であった時代があった。権力の誇示や自然までも征服しようとの意志が、歴史を進めた時代もあった。ロコロはむしろ様々な分野の相互関係の緊密さに目を見張る。虚像までも仲間に吸い込んでどこまでいくのか。

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Paris:Hotelde Soubise


ロココというのはバロックの影のように思われている。

しかし、Soubise館冬の間(Boffrand)に入ると、建築要素が鏡に映る虚像につながり、枠、家具の形や張られたつづれ織の模様、陶器、銀器にまでうねうねと連続し、無限にからみあう世界に引きずり込まれる。そして虚像が再び鏡に映る。エレガントな色調と曲線にひそむ魔術的世界。

絵画と彫刻と共同することは昔からあった。天井と壁が連続することもあった。しかし境目を越え職種を越えて覆いつくされると、妙に足元がこころもとない。世界がとろけだす。自分の中で何かが抵抗し、緊張が生じる・・・不思議な体験。


反転曲線という自在な道具を駆使し、アールヌーボーの芽をはらむ虚空間。

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スープ入れ。スープもきっとロココの味、食べると体までロココになる。

(礼)


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by trmt-ken | 2016-11-03 20:41 | 建築 | Comments(0)
旅日記-アルビ:赤い街-
城も、家々も、教会も、橋もみんな赤く、煉瓦でできているというのはすごいことだ。南仏アルビはトウルーズ・ド・ロートレックの生地で、城館が美術館になっている。教会はゴシックに分類されるが、北仏のゴシックとは異なって壁厚く、異端カタリ派の牙城であった時代もあり要塞のような趣がある。上から見ても、街中をさまよってもどこも赤く、酔ったような不思議な気分。江津や益田方面の石州瓦の街づくりには参考になるはず。(トウルーズも赤い街。汽車が近づくと川の向こうに赤い塊がみえる。)
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Sainte Cecil大聖堂

橋と町並みをスケッチして、同じカフェに入ったら、2度目にはマスターが片目つぶって御馳走してくれた。5万人規模の小さな田舎の街はみんな親切で、また行きたい懐かしい赤い町。
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旅日記-アルビ:赤い街-2016.1101
旅日記-ケルンへの旅-2016.1024
旅日記-フォントネという谷間-2016.1017
旅日記-ローマ駅に住む-2016.0929
旅日記-太陽の高さ・日没-2016.0923


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by trmt-ken | 2016-11-01 21:34 | 建築 | Comments(0)
吉阪隆正の長い影法師- 江津市庁舎によせて-
11月18日(金)には吉阪隆正設計の江津市庁舎についてのシンポジウムがある。
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江津市庁舎シンポジウムパンフレットより:現況とは印象が異なる
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江津市庁舎現況:現在のカーテンウォールは幾分おとなしい。

「吉阪隆正の方法」(斎藤祐子)を読む。吉阪先生と直接お話できたのはわずかだが、長くのびた影を踏んで歩いてきたんだなと懐かしい気持ちになった。先生は戦後フランス政府給費留学生第一号。日本館(薩摩屋敷)に住まわれた。
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-江津市庁舎模型「吉阪隆正の方法」斎藤祐子著164Pより
突き出し部分の下面がせりあがってA字の橋脚と呼応している。

渡仏をめざして夏から勉強し始め、冬には留学生試験があった。面接は吉阪先生。私はまだ会話もおぼつかなかったため、作品をなるべくたくさん持参して、しゃべらずに済ませようという作戦をたてた。しかしそうは問屋がおろさず、途中からは日本語になってしまった。そんな無謀な学生に、「あなたフランス人に日本語で説明しますか?」とにやりとし、しかし通してくださった。
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ヴィラ・クウクウは大好きな住宅。動物のよう。無駄がなくて飾りがなくて、本能のまま存在している。「どうだ!」と。
その後パリに先生が見えた折に建築関係者が集った。吉阪研の面々のアフリカでの冒険譚、人間とは思われない野性的食生活に恐れをなした。エスカルゴやカエルやウサギさえ遠慮する私としては。先生はその後まもなく亡くなる。日焼けした仙人のように知性と野性が同居した風貌で、三途の川さえも楽々と越えて行かれただろうか。
(礼)

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by trmt-ken | 2016-10-26 18:40 | 建築 | Comments(0)
旅日記-ケルンへの旅-
ケルンに着くと駅の真ん前に大聖堂がそびえていて度肝を抜かれる。(フランスでは鉄道は古い街区から離れたところに設けるのが一般的。)しかも黒くて大きい。
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Cologne大聖堂内部

ケルンでは、ゴットフリート・ベームさんの事務所を訪ねる。自宅兼アトリエの2軒の建物に、思い思いに図面を描く人、模型工房などがあって、日本人も含め様々な国籍のスタッフが働いておられた。ベーンスベルク市役所・孤児院・劇場などに連れて行って頂く。ベーンスベルクは、中庭にかなりな勾配があり、コンクリートは荒々しく存在感があった。ことに回り階段の裏側は扇状に堰板の跡を残し、ぞくっとするほど魅力的。古さと新しさの幸せな競演。
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ベーンスベルク市庁舎

夜は飲み会。ドイツ語・英語・フランス語・日本語が飛び交って、もうめちゃくちゃな一夜。
(礼)

旅日記-ケルンへの旅-2016.1024
旅日記-フォントネという谷間-2016.1017
旅日記-ローマ駅に住む-2016.0929
旅日記-太陽の高さ・日没-2016.0923

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by trmt-ken | 2016-10-24 21:29 | 建築 | Comments(0)
旅日記-フォントネという谷間-
山の上に壮麗に建造されたクリュニー系の僧院に対し、シトー会の修道院は谷間にひっそりと蹲っている例が多い。パリからディジョンへの中途のモンバールから徒歩で4キロほど。人里離れた谷間のフォントネ修道院は、時間が止まったような美しさであった。
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fontenay:礼拝堂

装飾を禁じ、プロポーションと精緻な職人技だけで石を活かす。北仏ではゴシックの花盛りでも、あえて息を殺したようなぎりぎりのロマネスク。この美意識は、歴史を飛び越えてクラシックの端正なプロポーションに繋がっていく。
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fontenay:回廊
国有ではなく私有で、一画に所有者が住んでおられた。スケッチをしていると、どこからともなく少年が現われて、色付きタイルの残っているところに案内してくれた。黄色と褐色の床タイル。スケッチのいいところはたくさんある。その空間にたたずむ時間。刻印される印象。そして、周りの人が警戒を解いて話しかけてくること。
(礼)

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by trmt-ken | 2016-10-17 21:14 | 建築 | Comments(0)
200年もののお宝の竹
寺の改修現場。解体の真っ最中。
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むくりのある屋根を守ってきた200年ものの竹は、飴色になり、竹細工の方にはお宝だそうな。大凧に使うとよく飛ぶとのこと。本業の「調律師」との関係は不明なれど、掘り出し物に出会った喜びに感染してなぜかこちらまで嬉しい。切り口が鋭利で、揃っていて、きっと日本刀を十字に組んだもので切ったのではないだろうかなどとの説に聞き入る。「へえ」とか「はあ」しか合いの手はないけど、現場は生き生きして。そういえばどこぞでは、土も大事にされていた。
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日本では昔から、家も着物も組んで、解いて、洗って、組直してを前提にしていたなあ。田んぼだって、畔を直すことはあっても、土を捨てることはない。いつからなんでも「買って捨てる」になったのだ。
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(礼)

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by trmt-ken | 2016-10-09 20:30 | 建築 | Comments(1)
菊竹清訓「代謝建築論」を読む
菊竹清訓「代謝建築論(復刻板)」を読む。

大社庁の舎についても記述があり、直観的に感じていたことが当たっていてほっとした。新しい知見としては、建築と自然との時間的対話に言及されている点(96頁)。雨が、水跡が時間をかけて作る水自身のデザインを想定されていた。また、更新の可能性についても。「横材は当初色つきの強化ガラスで構想していたが、・・・中略・・・プレキャストコンクリートに置き換えた。近い将来ガラスの技術の進歩によって実現可能となれば、外壁部分は許されれば全部ガラスにとりかえたいと思う。」(94頁)と言われている。

あとがきにおいて、我が国の建築について、西欧のように創造と模倣を峻別することなく、人を介して流儀や伝統が継承されてきた参加型の文化ととらえ「更新」と表現されている。遷宮は文化継承の一つのかたちであると思う。時を継いで蘇るとはどういうことかを今再び考えたい。
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母校の高校は菊竹邸スカイハウスを見下ろす丘の際に立っていた。美術の時間に同級生はほぼ"90%向かいの丘に建つ丹下健三のカテドラルを描くのだけれど、私はなぜか眼下の菊竹邸を描いた。周囲の芝生の緑が美しかった。建築に進むかも知らず、菊竹の誰かももちろん知らない女子高生の時。
(礼)


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by trmt-ken | 2016-10-08 20:51 | 建築 | Comments(2)
旅日記-ローマ駅に住む-
ローマは坂の街。7丘の丘の街。そして、歴史が地下にまで積層している。アン王女ならずとも、歩くだけで細胞が音をたててはじける気がした。2.3 日分の旅費しかなかったが、2.3日で帰るわけにはいかないと決意。安ホテルすらパスして、駅の案内所で修道院を紹介してもらう。
修道院は安くて安全で、1週間に滞在延長することができた。階段は回るために、踊るためにある。言葉は歌うためにある。シスターとも、同宿の女性とも仲良くなって、毎晩あそこ行った、そしたらここにも行けとおしゃべりに花が咲く。特別推薦のカタコンベを出るとサンタコスタンツア。墓廟と洗礼堂には多角形平面が多い。
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Santa Costanza:Roma初期キリスト教時代の遺跡
修道院はローマ駅に近い。パリから普通列車(金欠で寝台車ではなかった)で到着した私も、まずシャワーを浴びた。シャワーや、バスや、食事や、それぞれサービスが個別に提供され、旅行者にとても親切だ。駅のそばにいれば安心であった。就活中のイタリア女性モニカは、衣類を駅のクリーニング屋さんに預け、毎日パリッとしたなりで出かけて行った。通過駅でなく終着駅という特殊性。まさに舞台。ベネチアも忘れ難いが、やはり、私はなんといってもローマ。
(礼)

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by trmt-ken | 2016-09-29 18:20 | 建築 | Comments(0)
スタッフの家つくり
今年は特別な年になりました。私共の若手スタッフの家が相前後して2軒建つことになったのです。もちろん、設計事務所というのは貧乏で、スタッフが大金持ちなわけはありません。そして、二人とも子育て真っ最中の女性で、おまかせではなく、いろいろ説得や調整をせねばならないご主人がおられる。そういう状況の中で、一番大切にしたいことはなにか、言い訳無用で、いい家にしたい「本音の家つくり」です。
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昨年の展示会の様子
昨年に引き続き、米子のMintChuChu Leather川口淳平商店の場所をお借りして、模型や図面の展示をいたします。「お茶会」も計画してご来場をお待ちしています。
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注目されないと邪魔をする猫
会期:2016.10.20(水)~11.15(火)
会場:MintChuChu Leather 川口淳平商店:米子市上福原町

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by trmt-ken | 2016-09-25 11:14 | 建築 | Comments(0)