カテゴリ:現代建築の現在( 25 )
補遺-現代建築の現在-
連載を振り返って

島根県建築士会々報の連載「現代建築の現在」が一段落しました。
連載のモチーフは第2回「懐かしい建築・新しい建築」のまえがきに記しました。

1999年、本誌に「モダニズム建築の現在-美しい街は可能か」という文章を書きました。最近の現代建築が細い迷路に入り込んでいる様な気がして、その実態を明らかにしたいと考えました。現代建築の大きな弱点の1つが「美しい街なみをつくれなかった」というところに現われていると感じたからです。編集部から、その続編を書く許可をいただいたので、今後数回にわたって論じてみたいと思います

第12回「住処・棲家の自然」までを通読してみると、いくつか説明不足の概念があることに気付きましたので補足します。

身体性
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モジュロール ( ル.コルビュジェ)
 本稿では身体性という言葉を何度も使っている。「労働という身体性、歴史的集落の価値と身体性、居心地という身体性、景観における身体性、架構デザインの身体性、機械生産性と身体性、身体性を失った近年のモダニズム建築、身体性を保持したモダニズム建築・・・」などであるが、言葉の意味を厳密にわきまえて使っているわけではなく、むしろそのような使い方の中から「身体性」を定義している側面もある。ネットで検索すると以下のような記述がある。

〇身体性とは、身体そのものだけでなく身体を通して生まれる感情や感覚、直感までを含めたもの。関連語としては、身体感覚・身体意識・身体能力・身体的思考などがある。
〇 ヒトは、身体で感じ、身体で考える存在であるという。誰しも生まれてからしばらくの間は理想に近い形で身体意識が働いているが、言語を習得し成長するにつれ、身体意識との結び付きを喪失した視覚的・聴覚的意識の強い意識世界をしだいに作り上げる。

底流の主題
 前期モダニズム時代は、工業化社会にふさわしい装飾の少ないインターナショナルスタイル(世界共通様式)を追求することが主題であった。そして「新しさ」とか「オリジナリティ」とかが大切・・・という価値観が広く流通していた。この新しさやオリジナリティという概念はアートの世界では一般的であるが、建築の歴史では古くからあったわけではなく、前期モダニズム特有の主題ではないかと思われる。建築する目的は「心地よく住む」という事であり、新しさとか独自性(オリジナリティ)とかは目的や使命にはなり得ないにもかかわらず、なぜこのようなことが重要と考えたのだろうか。 

 起源は、コルビュジェの「自由なプラン」、「自由なファサード」に関連しているように思う。それまでの様式建築には墨守すべきセオリーがあるとともに、構造や材料などの制約も強かった。従って歴史的建築は少しずつ緩慢に変化(あるいは進歩)していったので、「画期的な」建築が一気につくられることは無く「よく似た」建築は周りにたくさんあった。また、そのことが街並みの統一感や連続性を育んだ。
 
 モダニズム建築の初期は、コンクリート造や鉄骨造の建築をその都度工夫しながらデザインしなければならなかったので、新しい建築言語の開発が必要であった。新しさやオリジナリティが求められたのである。後期モダニズム時代に入り、新しい建築言語は次第に煮詰まって行きおおよそのことは達成されてしまった・・・ように 思う。むしろ日本や世界中に独創性(!)あふれる、新しい(!)奇妙な建築が大量に出現することになり、その弊害が目立つようになった。にもかかわらず「新しい建築言語はまだまだあるはずだし、それが建築の使命である」と考える人達は今も多い。

 街並みの不調和が議論され、「際立つ」ことより「おさまる」ことが求められる時代になったと思う。
「新しいかどうか」より「相応しいかどうか」が課題と考える。その地に相応しいかどうか、その人に相応しいかどうか、その課題に相応しいかどうか、さらには・・・その課題は相応しい課題かどうか・・・。
 そして、そのような思考や作業の積み重ねの先に見えてくるものが「普遍性」と呼ばれるものかもしれないし、「新しさ」や「独自性」を感じる建築なのかもしれない。

建築と街並み
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東京海上火災ビル
 現代建築による良好な街並みはどのように可能であろうか・・・という課題については
〇 街並み協定や道路や植栽、水辺などによって美しい街並みづくりを目指す。
〇 与えられた敷地の中で最善を尽くす。
などの方法がある。前者の場合、比較的良好な街並みは可能であるが「感動的な」街並みまでは望めないことが多い。後者の場合は、その周辺のみが「感動的に」なるのが精いっぱいであろう。個々の建築と街並みに関するこのような状態を克服するための試みが、これまでいくつか行われてきた。

 前川國男は、石に替る表装材として煉瓦タイルに着目し、大型の煉瓦調タイルをコンクリートに打込むことを追求した。低層の美術館や図書館だけでなく、高層のオフィスビルにも工夫を重ね、煉瓦タイルで都市の基調を構成することを目指した。槇文彦は、代官山ヒルサイドテラスにおいて約40年間(7期)にわたり少しずつ増築を行い、連続感のある街並みを形成することに成功した。建築と街並みの良好な関係を示す稀有な例と言える。
 「建築は小さなまち、まちは大きな建築」という視点に立った粘り強い試みが、今後も継続的に行なわれることが求められている。
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代官山ヒルサイドテラス
地域性・ローカリティ
 例えばこの地の建築は「東アジア・温帯モンスーン気候・裏日本・地方都市あるいは農山漁村・過疎地」などの条件に規定されているが、地域性やローカリティとは必ずしも松江とか山陰とか特定の地域を指すだけではなく、「地域性一般」とか「ローカリティ一般」という捉え方が必要ではないか・・・という論がある。

「歩いて1日で行ける範囲」とか「この川の流域」、「ここから眺められる地域」など小さな場所の中で暮しながらの思考や感覚・実感が大切であり、大都市の無限定空間で行なうこととは異なった結果をもたらすのではないか。 
 
地域、コミュニティ、自然と結ばれた暮らし、新しい共同体、これらの人間同士の関係、様々な文化、地域主権、参加、ボランタリーな活動。これからの私たちの暮らしの指針として用いている言葉は、どれもが小さな世界を基盤にするものばかりである。・・・ローカル性にこだわることは、閉じられた世界で暮らすことではなく、大きな世界と交流するうえでの自分の足場を持つ、という事であろう。  (内山節著 「里」という思想)
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          内山節著"「里」という思想"

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by trmt-ken | 2017-10-07 13:28 | 現代建築の現在 | Comments(0)
すみか(住処・棲家)の自然-(2)

組積造建築

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荒島石の蔵(安来市)・ 木骨石造の倉庫群(小樽市)


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木骨石造の教会(五島市)・  鉄骨煉瓦造の体育館(浜田市)


日本各地に残っている石造や煉瓦造の建物(組積造建築)はどれもしみじみとした味わいを持っています。あらためて写真に見入っていると、「どうしてこのように魅力的な建築が作られなくなってしまっただろう?」という疑問がわいてきました。世界のどこかに石造のモダニズム建築はないかとネットで探したところ、フィンランドに「岩の教会」が見つかりました。1969年に完成したテンペリアウキオ教会。岩盤をくりぬき自然光が降り注いでいるこの教会は、モダニズム建築の傑作と思います


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石造の現代建築 テンペリアウキオ教会


座標軸

私たちの時代の建築は今どこを漂っているのだろうかという問い(漂うモダニズム・・・槇文彦)に答えるには座標軸が必要と思い、年表を作ってみました。Y軸には工業化度を取りました。モダニズム建築は産業革命以降の工業化社会にふさわしい様式を求め始まったので、自然からの距離の取り方が漂っている現在地を示す」と考えたからです。

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コルビュジェは北アフリカの集落に感動し何度も訪れたということです。コルビュジェもそうなのか・・・年表の原点をとるならそこかナ・・・・・と。



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ロンシャン教会・ コルビュジェが何度も訪れたというガルダイア

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木造民家・ 石造の初期ロマネスク教会・ 煉瓦造の街並


後期モダニズム建築の混乱

モダニズム建築の発生から50年後の1970年代は、経済や文化など各分野で転換期と言われています。それまでを「前期モダニズム」、それ以降を「後期モダニズム」と呼ぶことにしました。第二次世界大戦後日本など世界各国が経済発展を遂げるなかで、前期には緩やかに進んでいた建築の工業化が、後期では加速度的に進展しました。コンピューターの使用による構造や設備の解析・計算、CADの導入、新しい工法や建材の発達などが大きく影響しています。

建築は自在かつ多様になっていきましたが、その一方で向かうべき方向性を見失い「建築はテーマ無き時代に入った」と言われる様になりました。「建築」は住むために作るので、「すみか(住処・棲家)」と言い換えることができます。後期モダニズム時代になって慣れ親しんでいたはずの「すみか」が大きく変質し、ヒトに対しよそよそしいもの(ヒトを疎外する建築)に転化して行ったのではないか・・・。


すみかの自然・ヒトの身体性

後期モダニズム建築にも傑作は多いのですが、大きな流れとして俯瞰すれば「自然やヒトの身体性から遠く離れ、テーマを見失ってしまった」時代に入り、年を追うごとにその傾向は進んでいるのではないか・・・と思います。

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ソーク研究所(前期モダニズム)・代々木競技場(前期モダニズム)

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グガルン邸(後期モダニズム)・ 現代都市


歴史的集落や古建築(古典と総称)の価値を継承するモダニズム建築を求めることは、「ヒトと自然の関係性を見直し再構築をめざすこと」であり、モダニズム建築の主要テーマの一つ・・・と考えています。

漂うモダニズム(前掲)に示されている「人間をどのように考えたかについての表明としての建築」という言葉を、「自然や古典をどのように考えたかについての表明としての建築」と受け止めています。                             
                                    (和)



「土なモダニズム」について―モダニズム建築の現在より-





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by trmt-ken | 2017-07-12 18:54 | 現代建築の現在 | Comments(2)
すみか(住処・棲家)の自然-(1)
世界各地の伝統的な家屋は、石や土・木など各々の地域で入手しやすい材料を工夫し造られてきました。日本や北欧・北米などでは木、ヨーロッパでは石、中央アジアやアフリカなどでは土(煉瓦)が主な材料です。石や木・土などの身近な自然を加工して造られた民家や集落、寺院や教会などはとても感動的で、世界中から多くの観光客を集めています。
この様な「歴史的集落や古建築の価値を継承するモダニズム建築 」を造りたい・・と考えてきました。長い間こだわってきた建築を一言で表現するとそうなります。
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伝統的な家屋における材料の分布(地理の研究より)

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石造の教会・煉瓦造の街・木造民家・木造集落

モダニズム建築は「過去の建築との断絶」が特徴のように一般的に捉えられてきました。しかし、コルビュジェもライトやミースも、歴史的建築の価値を内包しながらモダニズム建築に向かっていたように、モダニズム建築も長い建築の歴史と無関係ではありません。初期モダニズム建築の巨匠だけでなく、P.ズントーや堀部安嗣さんなどの近年の建築でも私たちが好ましいと受け止めるものは、歴史的集落や古建築の価値を継承している・・・と改めて思い返しています。

歴史的建築の価値を継承するモダニズム建築にはどのような作法が必要か・・・について吟味してみたいと考え、歴史を簡単に振り返りながら(やや主観に偏ります)、「モダニズム建築が無意識のうちに失ったもの」に焦点を当てて考察します。「モダニズム建築が達成したもの」については多くの論がありますが、失ったものについて再考することにしました。その中から「作法」の手がかりが見えてくるのではないか。

■自然素材の喪失
20世紀に入り新しく鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建築が広まっていく過程で、世界各地で一般的であった石造や煉瓦造の建築は造られなくなりました。石や土は建築の構造材であるとともに表装材でもある自然素材です。モダニズム建築は石造や煉瓦造というヒトが慣れ親しんだ自然素材の建築を失ってしまったのです。技術先進国では「構造も表装も自然素材で造る」ということは、木造建築以外不可能になりました。
建築の長い歴史から考えると、このことはとても大きな変化といえます。数千年の歴史を持つ「自然を加工してすみか-をつくる」という人と自然の関係が、この100年で新しい段階に入った・・・ということを意味しています。そのことを「土から離れた近年のモダニズム建築」と表現し、「土なモダニズム」という目標にたどり着きました。

■構造と表装の分離
鉄筋コンクリート造や鉄骨造によるモダニズム建築の「自由なファサード」というコルビュジェの理念は、「構造体と表装の分離」を促し自在で多様なモダニズム建築を生み出しました。

一方そのことが長く続いている間に、「構造と無関係な表装の建築(ハリボテ建築)」が世界中に広まっていきました。そして、性能上の理由や見栄えなどから新しく開発された表装材(新建材)に覆われ、コンクリートや鉄・木などの構造素材は私たちの視界から消えつつあります。「架構デザインの身体性」が希薄になっていったのです。
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RCと鉄の橋>(大野美代子)・石造教会・木造民家・RC造の建物(菊竹清訓)

■組積造建築
石造や煉瓦造の総称である組積造について、辞書(ウイキペディア)には以下のように記述されています。

「耐久性、耐火性、保温性、壁としての遮断性に優れている。このため地震の心配がない国々では、石造がもっとも古くから用いられ、いまでも煉瓦造の建物は少なくない。さまざまな組積法が工夫された結果、優美なアーチ、ドーム、ヴォールトなどが生み出されており、現存する歴史的に著名な建造物の大半は組積構造である。日本には、明治初期に煉瓦造が伝わったが、西欧直輸入の構法をとっていた当時の建物は、濃尾地震( 1891)や関東大震災(1923)で大きな被害を出したため、その後純粋の組積構造はまれになり、鉄筋で補強する構法が一般的になった。」

しかし組積造建築の歴史が乏しい日本でも、探してみるといくつかの事例が残っています。
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荒島石の蔵(安来市)・木骨石造の倉庫群(小樽市)・木骨石造の教会(五島市)・鉄骨煉瓦造の体育館(浜田市)
(続)
「土なモダニズム」について―モダニズム建築の現在より-

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by trmt-ken | 2017-04-04 18:18 | 現代建築の現在 | Comments(0)
身体性というテーマ (建築の身体性-2)
福島県の南会津山中に大内宿という集落があります。全長約450メートルの街道に寄棟造の茅葺民家が建ち並んでいて、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
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大内宿
宿場町としては長野県の妻籠宿や奈良井宿に次いで3番目の指定ということです。
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妻籠宿 奈良井宿
身体性と機械文明

このような集落を思うたびに「私たちのモダニズム建築は今どこを漂っているのか・・・」と考え込んでしまいます。20世紀後半の機械生産性の向上など文明の進展に伴い、モダニズム建築は歴史的集落や古建築の持っていた多くの価値を失い停滞していった・・・ということを正確に把握する必要があります。

機械力主体の建設工事や工業生産による新しい建材の多用により、労働という身体性が希薄になっていった過程で、モダニズム建築はヒトに対してよそよそしくなっていったのではないか・・・。「身体性」の対極にあるものを「機械生産性」と呼んでいます。対立概念を考えるということによって論点を明快にすることが出来ると思います。因みに「土な」の対立語は「ビルな」と呼んでいます。
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現代都市や現代建築   近年の郊外住宅地

身体性という概念は、「労働」に限らず様々な意味合いを持っています。
〇居心地という身体性・・・棲息適地は居心地が良い。
 (本稿第3回 空間の居心地、心地よい景観)
〇景観における身体性・・・棲息適地を遠くから眺めると好ましい景観と感じる。(同上)
〇架構デザインの身体性・・覆う・もち上げる・吊るすなどにより感じる身体性
 (本稿第10回 出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える)
これは、建築が基本的には「気候や外敵など外界から身体を守るシェルター」であり、風景や景観は「自然とヒトのかかわりの視覚的表象」ということに起因するものと思われます。

テーマとしての身体性
機械文明が後戻りできないとすれば「機械生産性を無視することなく、身体性を保持することはどのように可能か?」という問いが現れます。近年のモダニズム建築の主要テーマのひとつと考えています。言語で語るのは難しいが、方向性のヒントはありそうです。

大技術を避ける
石・土・木・紙など自然素材を小技術で加工し建築を工作する。不便を多少は我慢し完全を求めない。ビニールなど石油化学系建材やFRP、プラチック、カーテンウォールなどの大技術は避ける。大技術は背後の労働が見えず「労働という身体性」から遠い。

手間ヒマを惜しまない
ゆっくり流れる時間を大切にし、丁寧にデザインを煮詰める。メンテナンスフリー建材に惑わされない

田舎の価値観・里の思想
農のある暮らし、物々交換、贈与、自力建設などの行為を再評価する。金融資本主義ではなく里山資本主義。

工芸から学ぶ
19世紀末から20世紀初めにかけてのアーツ&クラフト運動も「工業生産品ではなく手仕事を」という運動でした。100年前の工芸運動にもまして、近年の「ひびきあうもの展」の皆さんからは多くの示唆をいただいています。陶芸や鞄・織物など個々の作品からだけでなく、ものづくりに向かう姿勢や立ち居振る舞いなど、学ぶものは沢山あります。
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森脇靖 川口淳平 樋野由紀子
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ひびきあうもの展
(和)

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by trmt-ken | 2016-12-18 13:56 | 現代建築の現在 | Comments(0)
労働という身体性 (モダニズム建築の現在-11)
■棚田や土塀と身体性 
棚田や土塀はどうして美しいんだろうか、
なぜ感動的なのだろうか・・・?と考えてみました。
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「正しい棚田の作り方」より

理由はいくつもありそうですが、その一つに「風景の背後に、作業をした人たちの手や働きを感じる」ということがあるように思います。
水を張ること・土を捏ねること、石や瓦を積むこと・・・などの作業の身体性による結果は、造形的な味わい深さとともに、「私にもできそうだ、今度やってみたい・・・」という感慨を呼びます。
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この「わたしにも出来そうだ・・・」という感情が、「美しい」という印象に加えて『愛着』にも繋がっているように思います。

■コンクリートブロックの身体性
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上乃木高台の家・清光院下の家

上乃木高台の家(DOOR bookstore)や清光院下の家のコンクリートブロックからも、一枚づつ積んでいる職人さんの労働が目に浮かびます。そして「今度の休みに、ブロックを組み立てて本棚や炉を作ってみようか・・・」などと考えたりします。20cm厚さのブロックは結構重いのですが、1枚なら持てます。

■歴史的集落の価値と身体性
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高梁市吹屋

日本や世界の各地に残っている歴史的集落の価値については
○ 自然系素材による統一感と親密感
○ 機械ではなく、人間が尺度となっているスケール感の心地良さ
○ 熟練した職人の技や丁寧に丹精込めてつくられたものの味わい
○ ゆっくりと流れる時間によって形成されてきたことによる確かさ
○ しみじみとした感動
などと理解されています。(本稿第1回美しい街は可能か)特に価値の高いものは世界遺産や日本遺産として登録されています。
このような「自然系素材・ヒューマンスケール・手仕事・ゆっくりした形成・しみじみ感」という歴史的集落の価値を、「身体性」という概念で総称することにしました。
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ドブロクニク


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イタリアの漁村


■「身体性」を失った近年のモダニズム建築
20世紀後半の建築技術の飛躍的進歩の結果、現代建築は古建築や歴史的集落の持っているかけがえのない価値である「労働という身体性」を失ってしまったのではないか・・・。失ったものを「土から離れてしまった」と述べてきましたが、「土」の中心には「身体性」と呼ばれるものがあるように思います。

この身体性は、私たちが設計でこだわり続け、格闘して来たものでもあった・・・LカーンやLバラガン、Pズント-達のモダニズム建築を敬愛する大きな理由が、「身体性を保持したモダニズム建築」だからではないのかと思い返しています。

冷たくてよそよそしい・・とか退屈だ・・・とか、感動がない・・・と言われている近年のモダニズム建築の停滞感を考えたとき、「モダニズム建築は何を達成したか?」を探ること以上に、
近年のモダニズム建築は何を喪失したか?」
を追究することが重要だと思っています。
(和)


『モダニズム建築の現在』について、これまでのテーマは以下の通りです。
1. 美しい街は可能か
2. 懐かしい建築・新しい建築
3. 空間の居心地・ここちよい景観
4. 漂うモダニズムを読みました
5. 新体育館は現代的デザインがふさわしい
6. 土な建築・土なモダニズム
7. 土な建築・土なモダニズム-2
8. 新国立競技場問題と土なモダニズム
9. 土なモダニズム・新しい地域主義
10.出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える
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by trmt-ken | 2016-07-27 17:52 | 現代建築の現在 | Comments(0)
空間の居心地・ここちよい景観 (モダニズム建築の現在-3 )
モダニズム建築の現在-3
空間の居心地・ここちよい景観

 10年くらい前(1999年)の「美しい街は可能か」、前回の「懐かしい建築・新しい建築」に続いて、今回はその(3)ということになります。「現代建築がどうもおかしい、どうしてこんなことになってしまったのだろう」という思いがずっとありました。そして、わたしたちの現代建築は今どこにいるのだろうか、ということを少しでも明らかにしたいと考え、原稿を書き始めました。3回目になって、論じたかったことの輪郭が少し見えてきました。
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清光院下の家(寺本邸)

                     
美しい街は可能か・・・・・・・・・・・第1回
懐かしい建築・新しい建築・・・・・・・第2回
  ○空間の居心地・ここちよい景観・・・・・今 回
○都市の身体としての住居・・・・・・・・次 回
○参加のデザイン・・・・・・・・・・・・その次
○建築の象徴性と装飾性・・・・・・・・・その後
○建築力の行方・・・・・・・・・・・・・まとめ
 建築に「ちから」があるとすれば、それはどのような「ちから」なのかを、確かめてみたいということのようです。
 今回は、「居心地」をキーワードとして、空間や景観について吟味してみたいと思います。
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上乃木高台の家(高橋邸)

■住宅の居心地
「住宅の設計で最も大切にしたいことは居心地である」というあたりまえのことを、サラッと言えるようになったのはごく最近のことになる。それまでは「プライバシイを確保しながら開放感があること」という説明をしてきた。寺本邸や高橋邸では素材感と断熱性を意識し、コンクリートブロック2重積み工法のコートハウス(中庭型住居)とした。
 その後、大きな庇の仁摩図書館や外断熱工法の木造住宅などを設計するうちに、シェルターとしての建築、特に「空間の居心地」について今まで以上に意識するようになった。
 この間、建築についての興味深い原理論にいくつか出会うことができた。

■ユニヴァーサリティ

「歴史性や地域性を超えた空間の普遍性(ユニヴァーサリティ)とは、人間の動物的本能に根ざしたものを指す・・・」という説であり、以前槇さんから説明を伺った時は文字どおり目からウロコであった。 姿かたちや材料がどうあれ、また洋の東西や新旧を問わず、優れた建築や素晴らしい空間には私たち誰もが感動する。この「誰もが」ということはどうしてだろうか?という疑問に対し、「現代の日本人も、大昔のアフリカ人も、中世のヨーロッパ人もそう大きな違いはない。なぜなら、みな人間だから」という説である。
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仁摩図書館の大庇


■アレグサンダーのパタン・ランゲージ
背後が守られていて、前方に大きな空間が開けている場所を人は好む・・・という例。
○「座れる階段」
見晴らしがきく程度に小高く、かつ活動に参加できる程度に低い場所を人は好む。
○「窓のある場所」
窓辺の腰掛、ベイウインドウ、敷居の低い大きな窓のわきのイスなどは万人に好まれる。

○「玄関先のベンチ」
人は街路をぼんやり眺めるのが好きである。
などである。・・・まあそうだ、と思う。
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■アップルトンの棲息適地論

「自分の姿を見せることなく、相手の姿を見ることができる場所」が動物の棲息適地の条件であるという説であり、「動物は本能的に見つけることができ、そのような場所を好む」という論である。
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人間の巣(登呂遺跡)


■人間の好む空間
これらの「ユニヴァーサリティ、パタン・ランゲージ、棲息適地」などの原理論は、「人間の好む空間には歴史性や地域性を超えた共通性があり、敵から守られていて開放感があること」ということを示している。そしてこのような場所は、人間にとって「居心地がよい、」ということのようである。アレグサンダーとアップルトンの論をつなげた樋口忠彦氏の「住処(すみか)のけしき」はとてもおもしろかった。
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人間の巣(今帰仁村公民館)

アップルトンの棲息適地論はさらに続く。「このような棲息適地を遠くから眺めた時、人間は美しい風景と感じる」というのである。何かキョをつかれたような論であり、えっそうなの(?)と思いながらも、「宇宙から見た地球は美しいらしい」とか、「アシ・ヨシの繁る水辺や森、樹木などが好ましい景観と感じるのは、魚や鳥、虫にとって棲息適地だからなのか・・・。彼らの棲息適地は、当然人間の棲息適地でもある。」と納得してしまうのである。
        棲息適地と景観は深くつながっている!
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人間の巣(地球)
景観に関わる仕事をしながらも、「好ましい景観」の判断根拠は何であろうかという疑問をずっと抱いていた。ある景観が良いか悪いかについては、多くの人は正しく判断できる。しかし、その理由や根拠を問うとうまく答えられない。「なじんでいる」という説明がある。しかし、なじむとはどのような状態を指すのか、またなじむとなぜ美しいのか、という質問には答えにくい。「街なみの連続性が大切」ともいうが、連続性のある街並みはなぜ好ましいと感じるのか、という問いも同様である。
棲息に適しているという直感が「好ましい景観」と判断させるのか!
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虫や魚・鳥の生息適地


■外部空間の居心地と景観
 樋口忠彦氏は、パタン・ランゲージと棲息適地論がつながったということに興味を感じておられた。私は、「居心地」という人間の本能に基づくことが、内部空間だけでなく外部空間や景観にもいえる、つまり景観を「外部空間の居心地」ととらえる視点に着目したい。

 景観について、「ホッとする景観」と「ハッとする景観」に分類する論がある。少なくとも前者は「外部空間の居心地」のことを指しているようだ。建物に囲まれた街路や広場などの景観がここちよいと感ずる時は、外部空間として居心地が良いからだとおもわれる。
 外部空間を構成する建築が、唐突であったり、チグハグであったりすると「不快な景観」として私たちは拒絶する。壁(建物)の高さや色、形などが脈絡なくふぞろいな部屋(外部空間)は、とても居心地が悪く落ち着かない。何らかの統一性があって、文脈が明快であることが求められるのは、内部も外部も同様であろう・・・・・・・・。     
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シエナの広場

建築の内部空間と景観が両方とも、「棲息適地の居心地」という言葉で語れることに驚いている。
(和)

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by trmt-ken | 2016-06-09 15:40 | 現代建築の現在 | Comments(0)
懐かしい建築・新しい建築 モダニズム建築の現在-2
モダニズム建築の現在-2
懐かしい建築・新しい建築

■はじめに
 数年前の本誌(1999年・島根県建築士会々報)に、「モダニズム建築の現在-美しい街は可能か」という文章を書きました。最近の現代建築が細い迷路に入り込んでいる様な気がして、その実態を明らかにしたいと考えました。現代建築の大きな弱点の1つが「美しい街なみをつくれなかった」というところに現われていると感じたからです。編集部から、その続編を書く許可をいただいたので、今後数回にわたって「現代(モダニズム)建築の現在」について論じてみたいと思います。
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古い蔵を改修した店舗(米子市)


■「懐かしさ」ということ

近年、古民家や伝統的な集落の価値が見直され、様々な動きが活発になっている。古い民家の改修や移築を行ない店舗やレストランなどへの再利用、重要伝統的建造物群保存地区指定や、街なみ環境整備事業、景観法の活用などによる集落ごとの保全活動など、ブームと呼んでもよいほどの盛り上がり方である。
 高度成長期の大量生産・大量消費の時代から、右肩下がりの時代への移行、地球環境の持続性への危機感などに裏うちされたこの流れは、今後も益々広まっていくと思われる。
 前稿の「都市デザイン派、復古派、苦悩派、無関心派」という分類によれば、復古派の展開ということになるが、その基本には建築の“懐かしさ”に対する共感や信頼感があるようだ。新建材や機械力に頼った20世紀後半の現代建築に対する違和感や反省から、石・土・木・紙など自然系の素材や、人間の手仕事に支えられた建築の再評価である。
現代建築の冷たさやよそよそしさにはもう耐えられない・・ということなのかも知れない。
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江戸期の古民家の改修(大東町)


■藤森さんの仕事  

 建築の“懐かしさ”や“懐かしい建築”といえば藤森照信さんである。タンポポハウスやニラハウス・・・と続く一連の作品からは「モダニズム建築」に対する批判精神が「これでもか」というほど強烈に伝わってくる。
 もともと藤森さんは建築史の研究者であり評論家である。しかし、藤森さんは建築の設計が大好きでどうしても設計をやりたかった。藤森さんは多くの建築を研究してきたので、普通の人なら批評眼が肥えてしまって、自分の稚拙な作品などとても作る気にはならないし、他人には見せられないと考えるところだ。そこからが藤森さんの偉いところである。「赤派と白派」という理論武装とともに、縄文建築団などという怪しげなチームの活動など入念な舞台装置をたずさえて、作家として世に登場してしまった。恥じらいと自信の両方に支えられて、“堂々と”登場してしまった。拍手喝采である。
 「見たことがないのに懐かしさを感じる建築」という意識が藤森さんの仕事の根っこにあり、「新しくもあり懐かしくもある」という建築の本質にせまる仕事振りである。
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タンポポハウス・木の上の茶室(藤森照信)


■「新しさ」ということ
 新しい建築といえば妹島和世さんである。再春館など若い頃(?)のものから近年のものに至るまで、妹島さんの目指す建築は、「確かに建築ではあるが、決してタテモノではない」というものの様である。「タテモノではなくフンワリした衣類の様な、またシンプルな家具のような雰囲気のものであるが、空間が存在するので、きっとこれは建築に違いない」といった類のものである。
 過去の建築(妹島さんについて語るとついこんな言い方をしてしまうのだが)は、全てタテモノであった。古代から中世、近世・・・と歴史を眺めて見た時、「やっぱりこれらは全てタテモノだなぁ・・・」とため息が出るくらい妹島さんは新しい。

 新しい建築は魅力的であり、新しさを目指すことは本質的な行為の一つである。クラシック建築の大家も、コルビュジェも重源も過去の建築にはあき足らず、次のステップの新しい建築を求めたし、世の人々の共感も得た。この様に建築を志す者が“新しさ”を求めることには道理がある。
しかし、「建築の新しさ」には、実は大きな落し穴があったのではないか。もう少し限定して言えば、「20世紀後半の、建築の新しさへの志向にはとても大きな勘違いや落し穴があった」ということになりそうだ。
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妹島和世


 オリジナリティという言葉がある。
私達が学生のころ、「建築のオリジナリティ」という概念が大切にされ、マネをするという事は何か恥ずかしい事と考えられていた。「今は学生だから、いろいろマネぶとしても、いつかは独創的(!)な建築をつくりたい」と多くの若者達は考えていた。当時の建築界のリーダーは、コルビュジェ、ミース、ライトの弟子の世代であった。彼らは「建築のオリジナリティ」という概念を大切に思っていたが、多くの建築家は「オリジナリティ」にしばられ迷走した。  
勿論、村野藤吾や白井晟一などはみ出す人達もいたし、オリジナリティにこだわりながら立派な建築を設計する人達がいたことも事実ではあるが・・・。しかも時代は高度成長期である。建築技術の進歩を背景にして、日本中に(いや世界中にといってもよい)独創的(!)で、個性豊か(!)な建築が大量に出現してしまったことになる。
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独創的!で個性豊かな!現代建築


 この様にして、20世紀後半の建築の混乱には多くの設計者(建築家)が主体的に関わったのである。

■変わるものと変わらないもの
 建築の「懐かしさ」と「新しさ」について、また現代建築の混乱について思い切って断定してみたのは、この様な吟味の中から何かがはっきり見えてくるのではないかと思ったからである。ここまで文章を書いてみて、それは建築のなかで「変わるべきもの」と「変わってはならないもの」を仕分けてみたいと思ったからではないかと気がついた。
 20世紀後半の約50年間、変わってはならないものまで変えよう・・・として新しさが自己目的化されたのではないか。「建築家の自己表現」などという言葉に代表されるように、新しいことや独創性のみが大切であるという「勘違い」や「落し穴」に陥ったのではないだろうか。例えば、古い街並みや美しい自然環境の中では、特にきわだつ建築や、独創的な建築を目指す必要はなかった。古い街並みや美しい自然環境、建築の利用者こそが主役であり、それらを大切にすることの中から、おのずとほのかに浮かび上がってくるものこそが作者の個性であり、独創性と呼ばれるべきものだったのではないのか。
 人間の生活空間にとって本質的に大事なものは、50年や100年程度の技術の進歩や社会の変化など表層の出来事には左右されないものではないのか。建築の価値とは、ずっとずっと深いところで人間と結びついているはずである。
その様な反省から、近年になってあらためて古い建築や建築の懐かしさが大きく見直されている・・・ということではないかと思われる。
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パンテオン


私達には、「変わらないもの」に対する注意深い視線が求められているようだ
(和)

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by trmt-ken | 2016-06-07 18:47 | 現代建築の現在 | Comments(0)
モダニズム建築の現在-1  「美しい街」は可能か
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昭和30年代の石州瓦集落


 1999年にスタートした島根県建築士会々報の連載「モダニズム建築の現在」が第10回となりました。(1)(2)(3)と(5)がブログには未掲載でしたので、今後順次掲載します。

 日本や世界の各地に、その地方固有の風土に育まれた美しい街があることを、私達は知っている。その様な街を訪れるたびに、しみじみとした感動を味わうことが出来る。……来て良かった……。
 ところで、私はうかつにも近年になって初めて、「美しい街」とはすべて古い街(古い建物で構成された歴史的なまち)であることに気がついた。そして、新しくて美しい街はどこかにないかと探してみても、なかなか見つからないことにも気がついたのである。
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ミコノスの白い集落


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ドブロクニク


 これは少し大変なことである。街の構成要素のなかで、建築の占める役割は大きい。現代建築の集合は美しい街にならないのではないか。少なくとも、現代建築の集合による美しい街は、未だ私達の前に姿を現していない様な気がする・・・そして、現代都市が古びさえすれば美しい街になるかといえば、どうもそうではなさそうだ。
 とすれば、私達が日々営々と設計を行っている現代建築達は、「美しい街」をつくることに全く貢献しないのではないか?
 この様な問いの行く手に、いくつかの態度が私達を待っている。

■ 現代建築に多くの期待をかけないで、道路や植栽、水辺などによって美しい街並みづくりを目指す。(都市デザイン派)
■ 古い建築で街を埋め尽くせと叫ぶ。(復古派)
■ 現代建築の大きな課題と受け止め、克服の道を捜す。(苦悩派)
■ 知らんプリを決め込む。(無関心派)

これらの態度について、少し踏み込んで検討してみたい。

現代建築に多くの期待をかけないで、道路や植栽、水辺などによって美しい街並みづくりを目指す都市デザイン派
 建築を、広場や街路を囲む「背景としての壁」と把える態度である。都市空間の主役は、広場空間や街路空間及びそこで行われる人間の活動(アクティビティ)であって、「背景としての壁」はなるべく控え目であってほしい。従って高さや色などは揃っているのが好ましいし、奇抜なものは避けてほしい。建物よりむしろ植栽や舗装、水辺などによって都市空間の豊かさを得ようという態度であり、都市計画のプランナーに多くみられる考え方である。現代建築(家)達に対する信頼感は薄い。つまらない建物は緑で隠せと考えたりする。街並みづくりの協定として、緑化や建物の高さ・色調などの統一、壁面線の指定等が主に行われるのはこの様な考えの表れであろう。
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島根県景観サポーターガイドブック



■古い建築で街を埋め尽くせと叫ぶ復古派

 第2次世界大戦で破壊された街を復興するにあたって、資料を頼りにしながら、それまでの中世の街並みの復元を選んだ都市は、ポーランドのワルシャワ、フランスのルーアンなどヨーロッパには多く見られる。古い街並みの保存・復元は単なるノスタルジーではなく、民族(又は地域)のアイデンティティの表現であり、「私であること」の確認が、主として「私の街の歴史的風景」の視覚的確認によってなされるという考え方である。ヨーロッパの古い街のみならず日本の各地でも、江戸期以来の街並みを愛惜する例は多くみられるところであり、わが松江も同様であろう。
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武家屋敷(松江市)

古い街並みの魅力については、
○石や木、土などの自然系素材による統一感と親密感
○機械ではなく、人間が尺度となっているスケール感の心地良さ
○熟練した職人の技、または稚拙ではあっても、丁寧に丹精込めてつくられたものの素朴な味わい
○ゆっくりと流れる時間によって形成されてきたことによる確かさ
などと理解されている。
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築地松の集落



■現代建築の大きな課題として受け止め、克服の道を捜す苦悩派

 現代建築には感動がない、現代都市はとても醜悪である、都市や自然など外部環境に貢献しない現代建築にいかほどの価値があるか、などと本気で考える人達の態度である。かつてイタリアの街に滞在しているうちに、古い都市や古い建築に圧倒され、「私の設計すべき現代建築はない」と考え込んでしまった建築家がいたという話を聞いたことがあるが、とても笑う気にはなれない人達である。
 克服のヒントは前の2つの態度(都市デザイン派と復古派)の中にあるのではないか・・・と考える。そして現代建築の発生の原点を点検しようとも考える。
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イタリアの漁村



 ここまで論を進めてきて、都市デザイン派、復古派、苦悩派の3派を統一的に語る視点として、「場所性」「身体性」という2つのキーワードが浮かんできた。ユニヴァーサリティ(普遍性)という概念も魅力的である。しかし、これについては稿を改めて論じてみることにしたい。今回はここまでにします。

 3年前(1996年)、松江市主催のまちづくり塾において「苦悩する建築家」という視点から、都市と建築の関係について意見を述べることになった。そしてその結果、「民家や寺院などの古建築や歴史的な集落はすべて美しいのに、ほとんどすべての現代建築や現代都市が醜悪なのはどうしてだろうか?」という素朴な問いに、私自身が答えなければならなくなった。
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京橋川沿い-昭和30年代と現在



苦悩しているのは、現代建築や現代の街並みそのものなのである。
素朴な問いに対しては、言葉と実践の両方で答えなければならないと考えている。
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現代都市


 江戸期の影がそこかしこに残る城下町松江を題材として、「美しい街はどの様に可能か」と問う事は、「モダニズム建築の現在」を正面から問う事を意味している。

 

***モダニズム建築とは***
産業革命によって、他の技術と同様に建築技術も飛躍的に進歩しました。
●石造や木造にかわり、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の普及
●ガラスなどの新しい建材、電気や空調など新しい設備の利用
などにより、装飾の少ない「現代建築」(モダニズム建築)のスタイルが出来上がりました。このスタイルは「インターナショナルスタイル」と呼ばれ、国際様式・世界共通様式という意味をもっています。当初はさっそうとした若々しさ・爽やかさ・初々しさ等の気分で迎え入れられたのが、その後陳腐化し、単なるのっぺりした四角い箱という様相を深めたため、モダニズムに対する反省の動きが出始めました。(これをポストモダニズムといいます)モダニズムが置き忘れてきたかのように見える歴史性や地域性を再評価しようとするものでしたが、その多くは「新しい装飾主義」とでも呼ぶべきものになっているようです。

『モダニズム建築の現在』について、これまでのテーマは以下の通りです。
1. 美しい街は可能か(今回)
2. 懐かしい建築・新しい建築
3. 空間の居心地・ここちよい景観
4. 漂うモダニズムを読みました
5. 新体育館は現代的デザインがふさわしい
6. 土な建築・土なモダニズム
7. 土な建築・土なモダニズム-2
8. 新国立競技場問題と土なモダニズム
9. 土なモダニズム・新しい地域主義
10.出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える
(和)

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by trmt-ken | 2016-06-02 11:09 | 現代建築の現在 | Comments(0)
「現代(モダニズム)建築の現在」が第10回となりました
1999年に、「美しい街は可能か」というテーマで始まった「モダニズム建築の現在」(島根県建築士会々
報掲載)が「出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える」で10回目となりました。
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棚田の風景        
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 ミコノス 

これまでのテーマは以下の通りです。
1. 美しい街は可能か
2. 懐かしい建築・新しい建築
3. 空間の居心地・ここちよい景観
4. 漂うモダニズムを読みました
5. 新体育館は現代的デザインがふさわしい
6. 土な建築・土なモダニズム
7. 土な建築・土なモダニズム-2
8. 新国立競技場問題と土なモダニズム
9. 土なモダニズム・新しい地域主義
10.出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える

地方都市に居住し、地方の仕事をしている者の視点を基本に置いていますが、なるべく一般論として
意味のあるものにしたい・・・と考えてきました。

最近は「土な建築・土なモダニズム・・・」と、「土な」がキーワードとなってきました。
今後も「土な」と関連の深い、「身体性について」とか「地域主義について」などが主なテーマになりそうです。

ブログには1・2・3・5が未掲載でしたので、順次掲載したいと考えています。
(和)
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by trmt-ken | 2016-05-11 18:49 | 現代建築の現在 | Comments(0)
出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える
 ― 現代(モダニズム)建築の現在 10—

出雲大社庁の舎の解体が検討されていることを知り、50年前のモダニズム建築の傑作について改めて考えてみました。
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出雲大社庁の舎

■神社の祖形・建築の祖形
 庁の舎は田園風景の中にみられる「いなはで」をモチーフとして設計されたということはよく知られています。出雲大社という日本最古かと思われるほど古い歴史を持つ神社の境内に、コンクリート造の現代建築をどのように構想するか・・・という課題に対し、菊竹さんのイメージ力は「建築のもっとも古い形式・・・建築の祖形」に到達したのではないかと思われます。
神社の祖形は、外敵や湿気・ネズミなどから大切な食料を守るために工夫された『高床式の米倉』と言われています。ではそのような神社に仕える庁の舎は、どのような姿を持つべきか?
倉より控えめで稲作にも関連し、もっと素朴な建築形式である「いなはで」がふさわしいのではないか・・・現代建築の総力をあげて、建築の祖形を設計する・・・となったと推測します。
ただ、天才建築家菊竹清訓さんのことですから、理屈をウンウンうなったすえやっとたどり着いた結論・・・というよりは、旅をしながら出雲平野の築地松や「いなはで」の素朴なかたちなど眺めているうち、故郷の九州の田園風景を思い出し、突然「これだ!」となったのかもしれません。
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高倉式の米倉
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いなはで
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稲架木(はさぎ)並木

■「か・かた・かたち」と架構のデザイン
 「いなはで」は「稲架」と書くことを今回知りました。菊竹さんの建築論「か・かた・かたち」の「か」とは何のことだろうかと長い間見当がつかなかったのですが、「架」と理解すればわかりやすい・・・と思うに至りました(私の勝手な解釈です)。 「架・型・形」です。
菊竹さんは文章による理論としては、「か」に文明論的な深い意味を込めておられますが、深層の心理ではきっと、架構のデザインをどのようにするか・・・が大きなウェイトを占めていたのではないかと推測します。
庁の舎が竣工した1963年ころの菊竹さんは、構造設計家の松井源吾さんと「架構をデザインすること」に多くのエネルギー注いでいました。
・建築を地面から持ち上げること
・建築をつるすこと
・構造の力の流れを視覚的に表現すること
などにより、東光園、佐渡グランドホテル、スカイハウス、旧島根県立博物館、京都国際会議場コンペ案、都城市民会館など多くの力強い建築空間に挑戦していました。
庁の舎の50mに及ぶワンスパン構造からも「大きなちから」が伝わってきます。
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東光園
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スカイハウス
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旧島根県立博物館
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京都国際会議場コンペ案

■架構のデザインと身体性
「持ち上げる」とか「つるす」という構造は、単に建物をそうするということにとどまらず、建物の利用者を「持ち上げる・つるす」ということも意味しています。私たち自身が「持ち上げられた空間・つるされた空間」にいるという身体感覚を伴います。そして架構を出来るだけストレートに表現することによって、身体感覚がさらに増幅します。
この身体感覚を伴う架構デザイン(架構デザインの身体性)が、一連の菊竹さんの建築の特徴と考えられます。
(当時のモダニズム建築について、大建築の時代とか大建築の聖地・・・とかいう表現があります)

■現代建築の1960年前後
庁の舎は1963年に竣工していますが、翌年の1964年には丹下健三さんの傑作である代々木のオリンピック競技場が竣工しています。大地に柱を建て、ケーブルによる吊構造で大空間を覆う明快な構造です。登呂の遺跡など住居遺跡にみられる「天地根源造り」を意識した構造と言われています。竣工が1年違いということですので、設計時期は庁の舎と重なっているということになります。設計中、丹下さんと菊竹さんの間に何らかの交流があったかどうかはわかりませんが(どなたかご存知でしたら教えてください)架構をデザインするという『時代の特徴』を表わしています。日本の戦後が終わり経済の高度成長期に入った1960年代に、丹下さんや菊竹さん達による日本の現代建築が「世界を代表する現代建築」となりました。
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国立代々木体育館
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古代住居の復元模型

■架構のデザインと表層のデザイン
 架構のデザインということについては、最近の新国立競技場の2回にわたるコンペにも典型的な形で現れています。最初のコンペでは、「規模や用途などの設定が杜撰で、神宮外苑の歴史性や場所性に相応しくない上にコストがかかり過ぎ」ということで白紙撤回となりました。 本稿の第8回新国立競技場問題と土なモダニズム」では、ザハ案のデザイン性について、『流線型でのっぺりしていてスケール感に乏しい、という外観のデザイン性は、「身体性=スケール感」から離れていますが、内部空間も「身体性=心地よさ」から離れた「離土性」のデザインです』と述べました。表層のデザインが目を引きましたが、架構のデザインが不十分でした。
 
その後行われた第2回目のコンペでは、表層デザインのA案と架構デザインのB案という対照的な案が提出されました。B案は菊竹事務所OBの伊東豊雄さん中心のチームです。「表層のコロモではなく、架構のデザインが追求されるべきである」という菊竹さんの庁の舎のエッセンスが、50年後再び展開しているように感じました。
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新国立競技場ザハ案
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新国立競技場A案
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新国立協議場B案

菊竹さんの庁の舎について考えていると、「建築の祖形からモニズム建築の将来まで」を見通すことになります。1960年代という、モダニズム建築がはつらつとしていた時代の世界的な名建築・・・と改めて思いました
(和)

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by trmt-ken | 2016-04-29 18:16 | 現代建築の現在 | Comments(0)