隠岐の家、赤瓦に戻る
隠岐の家の母屋が、雨漏りし始めた。明治の建物で当初は赤瓦であったが、父の時代に黒瓦に葺き替えたもの。葺き替え時は赤瓦といえば昭和赤と呼ばれる派手なオレンジしかなく、黒を選んだとのこと。それでも父はあとになって黒瓦にしたことを悔やんでいた。
f0202518_21301017.jpg
蔵( 古い瓦)と奥の母屋(今回葺き直し)

f0202518_21301571.jpg
葺き替え工事中(これから下屋にかかる)

今回、来待色の3色葺きにした(赤来待・茶来待・黒来待を7・2・1比)。五箇のセンターや五箇中学校など大量に使う場合以外は、住宅などではなかなか混ぜ葺きまでは行かないが、今回わずかな増額で可能になった。工務店さんの心意気に感謝。やっぱり赤瓦のものだ。付属棟(蔵と牛小屋)は昔の赤瓦で、ようやく全体が落ち着いたような気がする。また、郷土館や物産館・創生館などを含む五箇村赤瓦集落の一員としても。
f0202518_21300770.jpg
五箇コミュニティセンター(3色混ぜ葺き瓦と五箇石の中庭)
五箇センターの屋根葺きの時は、まだ東京在住で現場監理に遠路通った。せっかく混ぜ葺きなら差があるほうがいいという現場の意見や、4枚一組で屋根に上げるため、最初の部分がパッチワークのようになって慌てたりの試行錯誤を経て現在に至る。それでもわがとこの屋根でさえ、親族間で議論があった。現場はいつもどきどきする。いい色になった時は格別。赤瓦に乾杯!

f0202518_21300166.jpg
五箇中学校(RC壁に木架構を載せる)

f0202518_09452603.jpg
隠岐郷土館(明治時代の下見板張り洋館/周吉郡役所を移築し、その後屋根葺き替え)



[PR]
by trmt-ken | 2017-10-30 19:52 | 隠岐の島たより | Comments(0)
<< 米田由美子「Intimacy」... アイルランド伝統音楽クリスマス... >>