着物を譲られるとき
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10月12日朝日新聞のひととき欄。自分のことのようで。

遺品の形見分けもあるが、着物を譲られるときはある種のかなしみや諦念がまとわりつく。夏の麻の着物は、母が「もう夏に着物を着る元気がなくなったから」と言って(褒める前に)譲ってくれたもの。服にしたら、着ていないより涼しく愛用中。パリの小間物屋で買ったボタン、ベネチアの露店で買ったおもちゃのネックレス。思い出だけでもっている、原価2000円ほどの服。40年物。

数少ない手持ちの服でも、決して処分しないであろう服がいくつかある。すべて、家族の思い出とともに。母が残した着物、祖父の布団側から再生した服。お召の服はクリーニングごとに縮んで、「身を縮めなくてはとても無理」と思いながらも、かけた手間が惜しい。

さて、建築に対する姿勢は夫婦でそんなに違いはないが、衣服に関しては全く対照的。くまさんの服は1.2年でほぼ消耗する。いつも新品なはずなのにきれいとはお世辞にもいえない。・・・それでも言った豪傑がひとりおるぞ。胸ポケットの赤インクのしみを、「しゃれてますね」と。それが、お世辞は言いそうにない人物なので始末が悪い。価値観がからからと崩れる。新しい地平へ立つとき。哀しみや諦念を飛び越えて。(礼)

【着物つれづれ】
2017.1012 きものを譲られるとき
2017.0921 糸とボタンの日々
2017.0211 黒が好き
2017.0110 男仕立てのシャツ
2016.1212 恐怖の3度褒め
2015.1222  Daja さんの本
2015.1107 
2015.1104 ミシンの直った日
2015.0509 平成27年度版中古品整理判断基準
2015.0429 よみがえる服・着続ける服
2012.0624 紫陽花色のドレス

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by trmt-ken | 2017-10-12 19:56 | 着物つれづれ | Comments(0)
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