不純物 の効用
「みち」が道路になると失われるものがある。「かわ」が河川になっても。

地下道の設計をしたときに、立ち止まらないことを前提に考える、滞留しないように人を流すことを考えるということに驚いた。学校も留年する生徒を前提にはしていない(私は随分長いこといたが)。病院もしかり。

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トレドの街路
プールにある種の違和感があるとすれば、せっせと泳がないと人の迷惑になるということ。後ろの人がつっかえてしまう。逆に海でせっせと泳ぐことはない。無駄があること、不純物が混じっていることの意味を忘れたくない。

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グラナダの街路
ストラディバリの材料に含まれる不純物に美音を熟成させる種があるとか。管楽器にも類話を聞いた。かなうものならそういう不純物になりたいものだ。世の中のためになることは拒否、無駄な美しさを支えるという高貴な役回り。どうだ!

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グラナダカテドラル前のパフォーマンス
懐かしい道路、懐かしい河川というのは日本語としてなにかおかしい。カウントできる存在になったとき、気持ちを寄せることのできるなにかを手放す。ふるさとは山や川や道や田や野や虫や鳥や魚…みんな人間の思う通りには動いてくれない。決して家来ではない。
( 礼)


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by trmt-ken | 2017-02-05 17:28 | 建築 | Comments(0)
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