身体性というテーマ (建築の身体性-2)
福島県の南会津山中に大内宿という集落があります。全長約450メートルの街道に寄棟造の茅葺民家が建ち並んでいて、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
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大内宿
宿場町としては長野県の妻籠宿や奈良井宿に次いで3番目の指定ということです。
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妻籠宿 奈良井宿
身体性と機械文明

このような集落を思うたびに「私たちのモダニズム建築は今どこを漂っているのか・・・」と考え込んでしまいます。20世紀後半の機械生産性の向上など文明の進展に伴い、モダニズム建築は歴史的集落や古建築の持っていた多くの価値を失い停滞していった・・・ということを正確に把握する必要があります。

機械力主体の建設工事や工業生産による新しい建材の多用により、労働という身体性が希薄になっていった過程で、モダニズム建築はヒトに対してよそよそしくなっていったのではないか・・・。「身体性」の対極にあるものを「機械生産性」と呼んでいます。対立概念を考えるということによって論点を明快にすることが出来ると思います。因みに「土な」の対立語は「ビルな」と呼んでいます。
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現代都市や現代建築   近年の郊外住宅地

身体性という概念は、「労働」に限らず様々な意味合いを持っています。
〇居心地という身体性・・・棲息適地は居心地が良い。
 (本稿第3回 空間の居心地、心地よい景観)
〇景観における身体性・・・棲息適地を遠くから眺めると好ましい景観と感じる。(同上)
〇架構デザインの身体性・・覆う・もち上げる・吊るすなどにより感じる身体性
 (本稿第10回 出雲大社庁の舎からモダニズム建築を考える)
これは、建築が基本的には「気候や外敵など外界から身体を守るシェルター」であり、風景や景観は「自然とヒトのかかわりの視覚的表象」ということに起因するものと思われます。

テーマとしての身体性
機械文明が後戻りできないとすれば「機械生産性を無視することなく、身体性を保持することはどのように可能か?」という問いが現れます。近年のモダニズム建築の主要テーマのひとつと考えています。言語で語るのは難しいが、方向性のヒントはありそうです。

大技術を避ける
石・土・木・紙など自然素材を小技術で加工し建築を工作する。不便を多少は我慢し完全を求めない。ビニールなど石油化学系建材やFRP、プラチック、カーテンウォールなどの大技術は避ける。大技術は背後の労働が見えず「労働という身体性」から遠い。

手間ヒマを惜しまない
ゆっくり流れる時間を大切にし、丁寧にデザインを煮詰める。メンテナンスフリー建材に惑わされない

田舎の価値観・里の思想
農のある暮らし、物々交換、贈与、自力建設などの行為を再評価する。金融資本主義ではなく里山資本主義。

工芸から学ぶ
19世紀末から20世紀初めにかけてのアーツ&クラフト運動も「工業生産品ではなく手仕事を」という運動でした。100年前の工芸運動にもまして、近年の「ひびきあうもの展」の皆さんからは多くの示唆をいただいています。陶芸や鞄・織物など個々の作品からだけでなく、ものづくりに向かう姿勢や立ち居振る舞いなど、学ぶものは沢山あります。
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森脇靖 川口淳平 樋野由紀子
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ひびきあうもの展
(和)

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by trmt-ken | 2016-12-18 13:56 | 現代建築の現在 | Comments(0)
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