人間の尺度をもちたい
高村薫の『レディジョーカー』で、ブランド品を身に着けた人物はやくざか俗物として描かれる。ブランドを営々として作り上げた人の努力にもかかわらず、所持する人のみっともなさは痛ましいほどだ。 ものによる反乱。
高価な車に傷でも付けられれば腹が立つだろう。上等な服を着ていたら働けないだろう。大きな宝石を付けた人は立派か。
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-ベローナの街角にて-


人間の尺度を持ちたい。同じ土でも清潔かどうかより、虫や鳥や草が喜ぶ土が良い土ではないだろうか。
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-ベローナの古い城-

空間についていえば、能率的な空間や、立派に見える空間より、「そこにいたい」かどうかが分かれ道。時には手に余る存在感に惹かれれる。飼いならされた素材でなくて。
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-江古田の白井研究所-

(礼)

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by trmt-ken | 2016-06-27 20:18 | 折々に・・・ | Comments(0)
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