猫とその後
朝日新聞に『吾輩は猫である』が復刻連載されている。何度も何度も読んだはずなのに、また新たな発見がある。そしてついその先を読みたくなり、大病時(!)のために取ってあった「Ⅰ am a cat」まで引っ張り出す。これなら、どんなにしんどい時でも読めるだろうと。だけど手術後だったら、笑ったら痛いだろうな。
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-はじめましてMintChuChuの猫です。名前はあります。-


原文のすごいところは会話。言葉使いの差だけで、人物特定の野暮なしに会話が進む。翻訳者泣かせだろうなあ。第一、タイトルからして「吾輩」のおかしみは表現不能と訳者がハナからギブアップ。「大島紬に古渡更紗の重ね」は英語版ではあっさりと「上等の絹」でおしまい。ここらでしみじみ日本に生まれた幸せを思う。しかしながら、迷亭氏をculture-vulture Waverhouseと呼ぶなどは座布団1枚。
白眉というべきは、繰り返しのおかしさ。聞くほうも、しゃべるほうも根尽き果てて、省略できたらそれは誠に好都合。こんな文学が古今東西あっただろうか、と嘆息とともに考える。終盤の「西日かんかん」の場面。せめてそのあたり、週末中断にならぬ勢いで連載してほしいです。
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- 鼻子とくしゃみではっけよい -

新聞連載では、現在鼻子夫人が出張ってきている場面ですが、イメージは浮世絵のそれも写楽のような、カギ鼻の目の吊り上がった顔が思い浮かぶ。落語のような展開といい、江戸文化を強く意識しているのではなかろうか。
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-LISAの猫 -


(礼)

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by trmt-ken | 2016-06-16 09:43 | 折々に・・・ | Comments(0)
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