どのような空間で、人は物を考えるか
どのような空間で、人は物を考えるか-判断基準についての試論-
超高層のオフィスで作業をする機会があり、その時に考えたこと…私はここでは深く考えることはできない。仕事を片づけることはできるが。

2台のテレビが競っているセルフ食堂で感じたこと…ここで物を味わうことはできない。空腹を満たすことはできるが。

物を薄っぺらに扱っていては人生そのものが粗末になりそうだ。では翻って豊かさってどんなかたち? 簡単には答えは出ない。しかし、建築を生業とするからには、せめて、しみじみとした安らかな場所で仕事をしたいと思う。しみじみとした空間をうみだすために。
緊張した空間、ずっしりした空間、透き通った空間、柔らかな空間、様々な様態がある。確かな手ごたえと感触、ひびきといったもの。まだわからぬ世界へと。
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私の理想とする風呂。美人にはなりそうにないが、沈思黙考には最適な風呂。(古い写真にて出典不明)
も一つ理想の寝室は、モンサンミッシエル僧院内のフロワドボー先生の部屋。何もない石の部屋に、鉄のベッドがポツンとあって、窓からは海。
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ルピュイの大聖堂中庭:ここもフロワドボー先生による修復がされている。
(礼)

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by trmt-ken | 2016-03-23 22:01 | 折々に・・・ | Comments(0)
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