現代建築の現在―8
新国立競技場問題と土なモダニズム

 2013年8月の日本建築家協会機関誌に発表された、「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」という槇文彦さんの論考をきっかけに、「新国立競技場問題」が各方面で大きな話題となっています。2020年の東京オリンピックのために国立競技場の建て替え計画が進行中ですが、「神宮外苑の歴史性から考えると、こんな巨大で乱暴な施設が建設されてはならない、根本的に考え直す必要がある」という論考です。
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新国立競技場のコンペ案

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実現に向けて改変された基本設計案
              

この1年余りの間、さまざまな分野で多くの議論が行なわれました。
以下の課題が指摘されています。

① 施設規模と景観
 明治神宮外苑は風致地区に指定されており、建物の高さや建蔽率が制限されてきたが、そうした歴史的経緯を無視した施設規模である。コンペでは、鳥瞰図主体で審査が行われ、周辺との調和や周りからの見え方などが考慮されていない。
 歩行者の目線からは、見通しのきかない「巨大な沈黙の施設」であり、1年のうち300日間は使用されない。人通りの少ない夜間は犯罪すら懸念される場所になる。また、周辺の森は工事でほとんどが伐採される。
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現在の国立競技場
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新宮外苑の銀杏並木

② 建設費と維持費
 建設費はコンペの条件より大幅に増加しそうであるが、それ以上に問題なのは維持管理費である。建て替え前の国立競技場では年間5億~7億円程度だが、建て替え後は大幅に増えると懸念される。恒久的に8万人収容にする計画だが、オリンピック後に8万人分の客席を満員にできるイベントは少ないのではないか。維持管理費を考えれば、オリンピックの時だけ仮設席を建設して8万人収容とし、その後は仮設席を撤去して収容人数を縮小するべきではないか。
③ 施設の基本的機能
 観客席に屋根を架けたうえに、競技場部分にも開閉式屋根が計画されている。しかし下図に示されているように、競技場に部分的に陽が射したり陰になったりするのでとてもつかいにくい。陸上競技だけでなく、サッカーでも使いにくいし見づらい。選手にとって見づらいだけでなく、観客にとっても非常に見づらく、サッカー場としては欠陥建築ではないのか。
開閉式屋根(遮音装置)は膜構造にする予定だが、曲線を多用した屋根構造であるため制約条件が多く、火災発生時の安全性や遮音性能にも課題が多い。
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多くの矛盾を抱える開閉屋根

④ 無用な可動屋根
 可動屋根を中止し、観客席のみに屋根を架ける施設にすれば、上記の景観・建設費・維持費・基本的性能などに対する懸念や課題はすべて解消できるのではないか。(無蓋案)
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観客席のみに屋根を架ける提案


 主に東京で議論されている問題に対して、『遠く離れた島根からは、心配しながらも眺めているしかない』と考えていましたが、私達にも無関係ではないと思い直し、土なモダニズム(論)との関連性について述べてみることにしました。
 これまでの議論では、コンペ案のデザイン性については慎重に回避されてきました。「神宮外苑の歴史性・場所性と施設規模のミスマッチ」が最大の問題である・・・という主論点を明確にする必要があったからです。デザイン性についてまで議論すると意見が拡散し、事の本質が見えなくなりそうだ・・・という懸念からですが、本稿では「近未来的なデザインであり、日本を元気にし、世界に強いメッセージを発信する」と審査委員会で評価されたザハ・ハディッド案のデザイン性について吟味します。

■地域性・場所性について
 ザハ案に対する多くの人の第一印象は、図のような自転車用ヘルメットですが、ザハの他の建築もこのようなインダストリアルデザイン系の外観に特徴があります。ヘルメットやインク瓶、ステンレスの金属オブジェなどのように、「流線型でのっぺりしていてスケール感に乏しい」という特徴があります。このことが「近未来的印象」を醸し出します。本来は小さなものを、敷地の大きさを見ながら適宜拡大した・・・かのようなデザイン性で、場所性への配慮はもともと稀薄なのです。神宮外苑に置くのであれば、周辺に十分な余白をとり、例えば広大な芝生のマウンドの上に、「小さく、可愛く、そっと置いてある・・・」というくらいのスケールが適切であったと思います。小さければさほど問題はなかったのですが、大きすぎる上にこの様なデザインということでは・・・という意見が多くなってしまいました。
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自転車用のヘルメット

■身体性について
 「流線型でのっぺりしていてスケール感に乏しい」という外観のデザイン性は、「身体性=スケール感」から離れていますが、内部空間も「身体性=心地よさ」から離れた「離土性」のデザインです。
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ザハ設計のオブジェのような建築

開閉屋根を持つ内部パースの第一印象は屋根のうっとうしさです。このような巨大な屋根のかかった競技場は「すがすがしい開放感」とはなりません。また輝度対比が激しく、観客にも選手にも使いにくく見づらいのは前述のとおりです。

■TOKYOという都市イメージ
 東京の都心地図を眺めると、JR中央本線に沿って、皇居・赤坂御用地・明治神宮外苑・新宿御苑・明治神宮と豊かな緑地が連なっていることがわかります。この緑地群と周辺地区には、江戸城開府から明治を経て、関東大震災と第2次世界大戦という街全体を焼け野原にする災害を経験した「東京の歴史」が深く刻まれています。
この緑地に大きく手を加えるということは、「TOKYOという都市イメージ」の変更を意味します。パリのエッフェル塔やポンピドーセンターの例などを持ち出すまでもなく、「TOKYOを代表するランドマークの役割としてふさわしいかどうか」また、「その役割を何が果たすべきか」というテーマが顕在化しました。
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神宮外苑の再開発計画案

50年前の代々木競技場は、当時のモダニズム建築のレベルを表現している傑作ですが、巨大な可動屋根や巨大な空調設備などの巨大技術を利用し、巨額の維持費を必要とする新国立競技場は、成熟社会日本と成熟都市TOKYOを象徴する価値観を未来に向けて表現する建築とは、到底成り得ないように思います。           (和)
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by trmt-ken | 2014-10-14 17:05 | 現代建築の現在 | Comments(0)
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